「AIを導入する」という一言が指しているもの

社内で「AIを導入したい」という話が出たとき、その一言が指している技術は、話す人によってまったく違います。文章を書く道具のことを言っている人、不良品を見つけるカメラのことを言っている人、来月の受注量を読む仕組みのことを言っている人が、同じ会議で同じ言葉を使っています。

この状態のまま議論を進めると、期待値も見積もりも危険性の評価もずれていきます。「AIは間違えるから危ない」という一般論は、文章生成にはよく当てはまりますが、決まった帳票から数字を抜き出す処理では性質の違う話になります。逆に「AIなら精度が出る」という期待も、対象が変わればまったく成り立ちません。

そこで最初にやることは、性能の比較ではなく分けることです。この章では、以降の全章で使う5つの軸を用意します。何を作るAIなのか(種類)、どれくらいの規模なのか(モデルサイズ)、どこで動くのか(クラウドかローカルか)、単体の機能なのか組み合わせたサービスなのか、そして出力を返すだけか、自分で操作まで実行するのか。この5つを言えるようになると、AIの話の8割は整理できます。

生成AIと、そうでないAI

いちばん大きな分かれ目は、新しいものを作り出すAIと、与えられたものを判定・予測するAIの違いです。世の中の「AI」の話題は前者に偏っていますが、業務で長く使われて成果を出しているものの多くは後者です。

生成AI ― 文章・画像・音声・動画を作る

文章を書くLLM(大規模言語モデル。大量の文章から言葉のつながりを学習したモデル)、画像を作る画像生成AI、声を作る音声合成などがここに入ります。出力は毎回少しずつ変わり、同じ指示でも同じ結果になるとは限りません。この「毎回変わる」性質は、業務に組み込むときに最も注意が必要な点です(危険性そのものは第7章で扱います)。

認識・分類系 ― 見分ける、聞き取る、読み取る

画像に写っているものを判定する、音声を文字にする、紙の書類から文字を読み取る。答えが「正解か不正解か」で測れるため、精度を数値で管理できます。導入の判断も、生成AIより格段にしやすい領域です。

予測系 ― 数字を読む

需要予測、故障予測、離反予測など。過去のデータから将来の数値や確率を出します。これは統計的な手法の延長にあり、生成AIのブームより前から実務で使われてきました。「AIを入れた」と社内で言われている仕組みが、実はこの予測系だったというケースは珍しくありません。

3つの系統の違い(業務判断に効く点だけを並べたもの)
系統できること精度の測り方出力の再現性
生成系文章・画像・音声・コードを作る人の評価が必要。自動測定は難しい低い(毎回変わる)
認識・分類系見分ける・読み取る・聞き取る正解データと比べて数値で測れる高い
予測系将来の数値・確率を出す実績と比べて誤差で測れる高い

この表で押さえてほしいのは右の2列です。精度を数値で測れるか、同じ入力に同じ出力が返るか。この2つが違うだけで、必要な検証工程も運用体制もまったく別のものになります。

モデルの大きさで何が変わるか

生成AIには「パラメータ数」という規模の指標があります。おおまかには、モデルの中にある調整可能な数値の個数です。大きいほど扱える知識や文脈が広くなり、その代わりに応答が遅く、費用も高くなります。

ここで注意が必要なのは、パラメータ数の比較が意味を持つのは、同じ世代・同じ系列のモデルどうしを比べるときに限られるという点です。世代が違えば、小さい新しいモデルが大きい旧世代モデルを上回ることは普通に起きます。「パラメータ数が多いほうが優れている」という説明を受けたら、比較しているモデルが同じ世代・同じ系列かを確認してください。

実務では、小さいモデルで十分な処理を大きいモデルに投げていることが費用の膨張につながります。定型的な分類や短い要約なら小さいモデル、複雑な判断や長い文書の読み解きは大きいモデル、という使い分けが基本です。

同じ製品名でも、中身は同じではない

「以前試したときは使えなかった」という声はよく聞きます。しかしその体験が2年前のものなら、それは今の製品の評価にはなりません。同じ製品名のまま、中身が入れ替わっているためです。変わる要因は3つあります。

同じ製品名でも結果が変わる3つの要因
要因何が違うのか確認のしかた
モデルの世代裏側のモデルが新しいものに置き換わっている設定画面や料金表に並ぶモデル名を見る
プランのグレード無料プランと有料プランで使えるモデルが違う自分のプランでどのモデルが選べるかを見る
じっくり考える度合い回答前に内部で検討する量を変えられる(製品では「思考」「推論」などの名前で提供される)設定にモードの切り替えがあるかを見る
現場のシーン架空の例

一月九日、朝凪精機で各部の要望を集める最初の会議が開かれました。そこで営業部長は「AIの文章は使えない」と言い切りました。二年前に提案書の骨子を頼んだら、自社の製品と関係のない話が並んだというのです。AI活用推進担当になったばかりの経営企画部の瀬尾が、どのサービスのどのプランで試したのかを聞くと、答えは「無料のやつだよ。どれも同じだろう」でした。しかし同じ名前のままでも中身のモデルは入れ替わっており、無料と有料では使えるモデルも違います。二年前の無料版の結果だけでは、今も駄目なのかどうかは決められません。瀬尾は手帳に、試したら「いつ・どのモデル・どのプラン」まで残す、と書きました。「AIで試した」という記録は、いつ・どのモデルで・どのプランで試したかまで残さないと、次の判断に使えません。

クラウドAIとローカルAI

もう一つの軸は、AIがどこで動くかです。

  • クラウド型 ― 提供元のサーバー上のAIを、インターネット経由で使います。最新・最高性能のモデルが使え、自社で設備を持つ必要がありません。その代わり、送信するデータが社外に出ます。
  • ローカル型・オンプレミス型 ― 自社内の機器でAIを動かします。データを外に出さずに済み、通信も不要です。その代わり、機器の費用と運用の手間がかかり、使えるモデルは一般にクラウドより小さいものになります。

実務では「機密度で使い分ける」のが現実的です。公開情報の要約はクラウド、個人情報や設計情報が混じる処理はローカル、という切り分けです。この判断をするには、扱うデータを機密度で分類しておく必要があります(この分類作業は第3章のデータ化と同じ話です)。

単体AIと、組み合わせたサービス

「AIサービス」として売られているものの多くは、単一のAIではありません。検索して結果を集め、それをLLMに読ませて要約し、出典を並べる。このように複数の部品を組み合わせた仕組みになっています。

この違いは責任の所在に効きます。出力が誤っていたとき、原因はモデル側なのか、検索が必要な文書を拾えなかったのか、渡し方の設計なのかで、対処がまったく変わります。「AIが間違えた」で止めずに、どの部品の問題かを切り分けられる構成を把握しておくことが重要です。

自社システムにAIを組み込む場合は、API(システム同士がデータをやり取りするための接続口)を通じて呼び出すのが基本形になります。この具体的な組み込み方は第2章で扱います。

出力を返すだけか、自分で操作するか

5つ目の軸です。同じAIでも、答えを返して終わりなのか、その先の操作まで実行するのかで、必要な備えがまったく変わります。

  • 出力を返すだけ ― 要約する、下書きを作る、分類する。間違っていても、人が採用しなければ実害は出ません。
  • 操作まで実行する ― メールを送る、ファイルを更新する、システムに登録する。これらは実行された時点で取り返しがつかないことがあります。「エージェント」と呼ばれるのはこの型です。

業務で決めるのは1点だけです。取り返しのつかない操作の前に、人の承認が入っているか。送信・削除・外部への公開・支払いに関わる操作は、この境目にあります。判断の順序は次の3つで足ります。

  1. 取り返しがつくか ― つかないなら、実行前に人が承認する。
  2. 例外がどれくらい混じるか ― 多いなら、提案までにとどめる。
  3. 1件あたりの影響はどれくらいか ― 大きいなら、金額で振り分ける。

始めるときは提案のみ → 人の承認つき実行 → 自動の順に上げてください。最初から自動にすると、失敗した処理が誰にも拾われないまま溜まります(危険性は第7章で扱います)。

「AI」「生成AI」「機械学習」を整理する

最後に言葉の関係を整理します。この3語は並列ではなく、入れ子になっています。いちばん広いのがAIで、人間の知的な作業を機械にやらせようとする分野全体を指します。その中に、データから規則性を学び取る方式である機械学習があり(今のAIのほとんどはこれです)、さらにその中の一手法として、多層のニューラルネットワークを使う深層学習があります。生成AIは、その深層学習を使って文章や画像を作り出すものです。いま話題の中心にあるのは、この最も内側の部分です。

つまり生成AIはAIの一部分にすぎません。「AIブーム」と呼ばれている現象の大半は、正確には生成AIのブームです。この区別ができると、「AIは危険だ」「AIは使えない」といった主張が、どの範囲の話なのかを見極められるようになります。なお、この分類の話が説明ではなく確認を封じる煙幕として使われることもあります。その型は裏之巻 第1章「なぜ今、AI周辺に「わかった風」が溢れるのか」で扱います。