第12話ふしぎな話
2ぷん
見た人が ひとりだけの話
自由研究の発表が、来週になりました。
2人が調べたのは、給食の残りです。自分たちの班の6人ぶんを、3日間かぞえました。残っていたのは、野菜が多いという結果でした。
ソラは、発表用のまとめにこう書きました。
「みんな、野菜がきらい」
リンが、それをじっと見ています。
「…なに」
「『みんな』って、何人?」
ソラは口をひらきかけて、止まりました。かぞえたのは、班の6人ぶんです。クラスは34人います。
「でも、たぶんみんなそうだよ」
「うん。わたしもそう思う。でも、かぞえてない」
ソラは、どう書きなおしたと思う?
つづきを読む
ソラは、正確なデータに書きなおしました。「6人ぶんを3日間かぞえたら、野菜が多かった」。
それから、こう言いました。
「『みんな』って書いたほうが、強そうに見えると思ったんだ」
「うん。ネットのニュースでも、よく見るよね。『みんなが怒ってる』って書いてあるのに、よく読んだら3人しか言ってなかったり」
ソラは、なるほどという顔をしました。情報を受け取るときに気をつけていたことは、そのまま、自分が出すときに気をつけることでもあったのです。
分からなかったことは、消さずに書きました。「なぜ野菜が残るのかは、分かりませんでした」。そう書いてあると、次に調べる人が助かるのです。
そして発表シートの最後に、2人は自分たちの名前を大きく書きました。
「発表者: リン、ソラ」
AIに手伝ってもらったとしても、まとめた内容に責任を持って署名するのは、自分たち人間だからです。
「みんな」と書かずに、正確なデータ(6人ぶんを3日)で書く。そして、最後に名前を書いて責任を持つのは、自分たち人間です。
この話に名前をつけるなら 不可逆な判断と決定権の所在星間航海士の手引き 18
やってみて 何かをネットや紙に出す前に、「これ、正確な事実かな?」と1回だけ確認してみよう。
詳細解説
最終話。標本範囲の明示と意思決定権の所在を重ねます。「みんな」を「6人ぶんを3日」に書き直し、そのうえで出すかどうかを人間が引き受ける(AIに委譲しない)、という二段構えです。
くわしく読む
背景と目的
第一に、記述の一般化の範囲を自分で申告する習慣です(母集団と標本の区別の、最初の形)。数えたのは6人ぶん・3日間、クラスは34人。この2つの数を並べるだけで、「みんな」が書けなくなる、という設計です。
第二に、もどせない行為の決定は委譲できないという原則。第1話で持った違和感が、ここで自分の意思決定の話として閉じます。
到達点は、発表の質疑で「何人ぶん、かぞえたんですか」に答えられること。理解ではなく応答できることで測ります。
組み立ての工夫
書き直した結果、主張は弱くなります。これを「弱くなった」と正直に書いたうえで、質疑で答えられたという利得を示しました。隣の班が答えられなかったという対比を置いたのは、正直さの利得を抽象論にしないためです。
AIが「よいと思います」と答え、そのうえで「出してよいかは決められません」と続ける場面が、本サイト全体の締めです。AIは出力の質は評価できても、行為の帰結は観測できない。だから決定の席には座らない、という筋にしています。
補足と注意点
「分からなかったことを書き残す」を末尾に置きました。未解決を未解決として残すことは、次に調べる人への引き継ぎであり、レポートの誠実さの中核です。第1話の一次資料照合と対になります。