第5話ふしぎな話
2ぷん
つたわるたびに かわる話
金曜日の帰り道、ソラが走ってきました。
「校庭のイチョウ、ぜんぶ切られるんだって」
リンは立ち止まりました。あの木は、ブランコのうしろにある大きな木です。秋になると、地面が黄色でうまります。
「え、なんで。だれが言ってたの」
「ユウちゃん。5年3組の」
つぎの日、2人はユウちゃんに聞きに行きました。ユウちゃんは、こう言いました。
「わたしはマナから聞いたの。なんか、木が切られるって」
マナは、となりのクラスの子から聞いたと言いました。その子は、給食のときに6年生が話しているのを聞いたと言いました。その6年生は、用務員さんが言っているのを聞いたと言いました。
4人めまで来て、リンはノートを出しました。聞いた人の名前が、4つならんでいます。
リンは、つぎにどうしたと思う?
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2人は、用務員室へ行きました。用務員さんは、草を刈りながら笑って言いました。
「切らないよ。ただ、電線にかかりそうな上の枝を、2、3本払おうかねって話してたんだ」
ソラは、ほっと胸をなでおろしました。
「だれも、うそをついたわけじゃなかったんだね」
「うん。みんな、聞いたとおりに話しただけ」
リンはノートを見ました。「この枝は切らないとね」が、4人とおって「木がぜんぶ切られる」になっていました。人をとおるたびに、話は短くなり、強くなっていたのです。ネットやSNSで噂があっという間に広がるのと同じ仕組みでした。
いちばん先に消えていたのは、「枝の」ということばでした。
話は、人をとおるたびに短く、強くなる。「それ、だれから聞いたの?」をくり返して、大元の発信者にたどりつく。
この話に名前をつけるなら 一次情報と二次情報星間航海士の手引き 3
やってみて 今日だれかから聞いた話を1つ、「それ、だれから聞いたの?」と聞いてみて。
詳細解説
うわさの伝播を4人たどる話です。伝言のたびに条件節と出所が脱落する情報の劣化を扱い、一次情報へ遡る手順を1つ渡します。第2部(情報編)の入口にあたります。
くわしく読む
背景と目的
「だれもうそをついていないのに、話だけが変わる」という構造の理解が目標です。悪意の有無と情報の歪みは独立であり、犯人さがしではなく経路の確認が対処になる、という因果の置きかえを行います。
行動としては「それ、だれから聞いたの?」を反復して一次情報に到達する、という1本の手順だけを持ち帰らせます。
組み立ての工夫
脱落するのを「枝の」という条件語にしたのは、伝達で最初に落ちるのが限定・留保・確率の表現だからです(「雨だったら」「〜の一部が」)。ここが落ちると、文は短く・強く・断定的になります。要約の一般的性質でもあります。
経由を4人にしました。2〜3人では偶然に見え、5人を超えると子どもがたどれません。リンがノートに4つの名前を書き出す場面を置いたのは、経路を目に見える形にするためです。
用務員という行為の主体を終点に置きました。文書ではなく人を終点にしたのは、小学生が実際に到達可能な一次情報が多くの場合「その場にいた人」だからです。
補足と注意点
「うわさは全部うそ」ではありません。本件も核(枝を切る)は事実でした。誤っていたのは範囲です。事実性ではなく範囲がずれる、というのがこの話の眼目です。
教室で実在のうわさを題材にしないでください。経路をたどる作業は、実在の話では「だれが言い出したか」を探す活動になってしまいます。本文が架空の掲示物と枝の剪定という、だれも傷つかない題材を選んでいるのはそのためです。