駅前で、傘を配っていました。雨がパラパラと落ちてきたところです。立派なビニール傘で、何本もあります。

「どうぞ、ただですよ。持って行ってください」

ソラは、うれしくなって手をのばしました。1本もらって、広げます。

「ラッキー。お金、払わなくていいんだ」

けれど、となりのリンは傘を受け取らず、ソラの傘をじっと見ていました。

「ソラ、それ、本当に『ただ』かな」

「え、だってお金は1円も払ってないよ?」

「うん。お金はね」

リンが指さした先を見ると、透明なビニールの上に、新しいスーパーの名前が大きな黒い文字で印刷されていました。

ソラは、お金の代わりに何をわたしているんだろう?

つづきを読む

ソラがその傘をさして歩けば、すれちがう人みんながその店の名前を見ます。ソラは、町を歩きながら「動く看板」の役目をしているのです。

悪いことではありません。ソラは雨にぬれずに済み、お店はみんなに名前を知ってもらえます。お互いに得をしています。ただ、「お金を払わない」ことと「ただ」であることは、別の話でした。

家に帰ってから、リンが言いました。

「スマホのゲームや無料のアプリも、同じだよね。お金は払わなくても、広告を見たり、自分がどこに行ったかのデータを渡したりしてる」

「知らずに使ってると、ただでもらった気になっちゃうね」

「無料プレゼント」「いまだけタダ」。画面にそう出たときは、あわてて飛びつかず、1日おいて家の人と話してみることにしました。時間をおくだけで、「代わりに何を渡しているのか」が見えてくるからです。