月曜日の朝、話は もう学校じゅうにありました。

「みなと公園に、あぶない人が出たって」

だれから聞いたのか、もうだれも覚えていません。ソラのところには、3つのちがう道から同じ話が来ました。3つとも来たので、ソラは本当だと思いました。

そして、4人に話しました。

水曜日、学校のおたよりが出ました。そこには、こう書いてありました。

「みなと公園について、そのような事実は確認かくにんされていません」

むずかしい書き方ですが、そんなことは起きていない、という意味です。

ソラは、おたよりを持って走りました。月曜日に話した4人に、順番に伝えました。

木曜日。ろうかで、5年生が話しているのが聞こえました。

「みなと公園、あぶないんだってー」

話は、まだ走っていました。

どうして、まちがいのほうが遠くまで行ったんだろう?

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おたよりも読まれました。でも、読んだ人は、それを走って人に伝えなかったのです。

遠くまで行くのは「正しい話」ではありません。「人に言いたくなる話」です。おどろく話、こわい話、腹が立つ話。心が動いた話ほど、足が速い。

そして「まちがいでした」は、心が動きません。だから走りません。

「じゃあ、うそのほうがずっと残るってこと?」

「そうなっちゃうね」

もう1つ、こまることがありました。3つの道から来たので本当だと思った、あの感じです。たどってみると、3つとも同じ一人から出ていました。

道が3つあっても、もとが1つなら、1つです。

ソラは、言い方を1つ覚えました。回ってきたものを止めたいとき、こう言います。

「ごめん、これ どこの話か分かる?」

だれも責めていません。でも、話はそこで止まります。