分類が最初に来る理由
「AIを導入する」という表現には、性質のまったく違う技術が同時に含まれています。文章を書くもの、画像を見分けるもの、数値を予測するもの、行動を選ぶもの。これらは学習の方法も、精度の測り方も、失敗の仕方も別です。
にもかかわらず一括りに語られるため、次のような食い違いが日常的に起きます。「AIは間違えるから業務には使えない」という主張は、文章生成にはよく当てはまりますが、定型帳票からの数値抽出では別の話になります。「AIなら精度が出る」という期待も、対象が変わると成り立ちません。
本章では、以降の30章すべてで使う分類の座標軸を作ります。作るのは次の6つの軸です。
- 何を出力するのか(生成するのか、判定・予測するのか)
- どれくらいの規模なのか(パラメータ数、および軽量化の手法)
- どこで動くのか(クラウド、オンプレミス、端末上)
- 単体か、組み合わせか(単機能、複合サービス)
- 出力を返すだけか、操作まで実行するのか(エージェントかどうか。第4章で任せる範囲を扱います)
- 精度をどう測るのか(指標の種類と、その限界)
生成AIと非生成AIの違い
最も大きな分岐です。新しいものを作り出すのか、与えられたものについて判定・予測するのか。前者を生成系、後者を認識・予測系と呼びます。
LLM(大規模言語モデル)
大量の文章から言葉のつながりの規則性を学習したモデルで、文章の生成・要約・分類・翻訳・コード生成に使われます。出力は確率的に選ばれるため、同じ入力でも毎回同じ出力になるとは限りません。この非決定性は業務設計に直接影響します(第18章)。
実務で押さえておくべき性質は3つです。学習した時点以降のことは知らないこと、入力できる文章量に上限があること、そして自信がない場合でも自然な文章で答えることです。
画像生成AI
現在の主流は拡散モデルと呼ばれる方式です。ノイズだらけの画像から少しずつノイズを取り除いていく形で画像を作ります。以前はGAN(敵対的生成ネットワーク)と呼ばれる方式が研究の中心にありましたが、品質と扱いやすさの点で拡散モデルに置き換わりました。画像生成専用のサービスはこの系統が中心ですが、対話型AIに組み込まれた画像生成では別の方式も使われています。方式の違いは、業務での確認事項(既存の著作物との類似と、商用利用の条件)を変えません(第19章)。
業務での用途は、素材の下書き、バリエーションの作成、社内資料の図版などです。公開物に使う場合は、既存の著作物との類似と、利用規約上の商用利用条件の2点を確認する必要があります(第19章)。
音声生成AI
読み上げ音声の合成と、特定の話者の声を再現する音声クローンがあります。あわせて、その場で聞いて話す形の音声対話(受付・一次応対)が実用段階に入っています。導入を判断する場合は、聞き取り誤りをどう扱うかと、人に引き継ぐ条件を先に決める必要があります(第4章)。前者はナレーション・案内音声・研修教材で実用段階です。後者は本人の同意と用途の管理が前提になり、なりすましの手段にもなり得ます(第18章)。
動画生成AI
短時間の映像を生成する技術で、品質は急速に向上していますが、業務利用では細部の一貫性(同じ人物・製品が同じ形で映り続けるか)が課題として残ります。用途は広がっていますが、細部の一貫性が課題として残る領域です。公開物に使う場合の確認事項は画像と同じです(第19章)。
認識・分類系AI
画像に写っているものの判定、音声の文字起こし、書類からの文字読み取り、不良品の検出などです。答えが正解・不正解で測れるため、精度を数値で管理でき、改善の効果も測れます。導入判断は生成系より格段にしやすい領域です。
予測系AI
需要予測、故障予測、離反予測、与信スコアリングなど。過去のデータから将来の数値や確率を出します。統計的手法の延長にあり、生成AIのブームより前から実務で使われてきました。精度は誤差で測れます。
この領域の成否を決めるのは手法よりデータの揃い方です。この点は第6章で詳しく扱います。
レコメンデーション
利用者の行動履歴から、次に関心を持ちそうなものを提示する仕組みです。EC・動画配信・広告で広く使われています。技術的には予測系に近く、評価も「提示したものが実際に選ばれたか」で測れます。
強化学習・意思決定系
試行と結果の繰り返しから、報酬が最大になる行動を学習する方式です。ゲーム、配送ルートの最適化、設備制御などに使われます。実環境での試行にコストやリスクが伴うため、導入にはシミュレーション環境の整備が前提になることが多い領域です。
ロボティクス・制御系
物理的な動作を伴うAIです。認識・予測・制御を組み合わせて動きます。安全性の要件が他の領域と大きく異なり、規制も別枠になります。
検索・情報抽出系
大量の文書から関連するものを見つけ、必要な情報を取り出す領域です。生成AIと組み合わせる形(第2章のRAG)で、社内ナレッジ活用の中核になっています。
| 系統 | 精度の測り方 | 出力の再現性 | 必要なデータ | 導入判断の難易度 |
|---|---|---|---|---|
| 生成系(文章・画像・音声・動画) | 人の評価が中心。自動測定は部分的 | 低い | 用途に応じた指示と参照文書 | 高い |
| 認識・分類系 | 正解データとの比較で数値化 | 高い | ラベル付きの実データ | 低い |
| 予測系 | 実績との誤差で数値化 | 高い | 期間と粒度の揃った履歴 | 中 |
| 強化学習・制御系 | 報酬・達成率で数値化 | 中 | 試行環境またはシミュレータ | 高い |
モデルサイズによる違い
パラメータ数と性能の関係
パラメータとは、モデル内部の調整可能な数値のことです。数が多いほど、扱える知識や文脈の幅が広くなる傾向があります。
ただし重要な留保があります。パラメータ数の比較が意味を持つのは、同じ世代・同じ系列のモデルどうしを比べるときに限られます。世代をまたいだ比較では、パラメータ数の少ない新しいモデルが規模の大きい旧世代を上回る例が繰り返し観察されています。学習データの質、学習方法、事後の調整で性能は大きく変わるためです。
したがって「パラメータ数が多いから高性能」という説明を受けたときは、比較対象が同世代・同系列かを確認してください。
大規模モデルと小規模言語モデル(SLM)のトレードオフ
近年は、意図的に小さく作られたモデル(SLM)の実用性が上がっています。用途を絞れば、小さいモデルでも十分な精度が出るためです。
| 観点 | 大規模モデル | 小規模モデル |
|---|---|---|
| 得意な処理 | 複雑な判断、長文の読み解き、幅広い知識 | 定型的な分類、抽出、短い要約 |
| 応答速度 | 遅い | 速い |
| 費用 | 高い | 低い |
| 動かす場所 | クラウドが基本 | オンプレミス・端末上も可 |
| 向く用途 | 件数が少なく判断が重い業務 | 件数が多く処理が定型の業務 |
実務での費用膨張は、小さいモデルで足りる処理を大きいモデルに投げていることから生じます。処理の種類ごとにモデルを振り分ける設計が、コスト最適化の基本です(第13章)。
蒸留・量子化による軽量化
大きいモデルの性能を保ちながら小さくする手法が2つあります。
- 蒸留 ― 大きいモデルの出力を教材として、小さいモデルに学習させる方法。用途を絞れば、元のモデルに近い精度を小さい規模で得られます。
- 量子化 ― モデル内部の数値の精度を落として容量と計算量を減らす方法。精度の低下を抑えつつ、必要な計算資源を大きく削減できます。オンプレミスや端末上でモデルを動かす場合の前提技術です。
コスト・応答速度・精度の三すくみ
この3つは同時に最大化できません。実務では、業務ごとにどれを優先するかを決める必要があります。
- 対話型の社内アシスタント ― 応答速度が優先。数秒待たされると使われなくなります。
- 夜間の一括処理 ― 速度は不要。精度とコストで選びます。
- 金額の判定を伴う処理 ― 精度が優先。コストと速度は譲れます。
同じ製品名でも、中身は同じではない
分類の話の最後に、実務でいちばん多い誤判断を置いておきます。「以前試したときは使えなかった」という評価が、そのまま現在の判断材料として使われてしまう問題です。製品名が変わらないまま中身が入れ替わるため、いつの体験なのかを確認しないと比較になりません。結果が変わる要因は3つに分かれます。
| 要因 | 何が違うのか | 確認のしかた |
|---|---|---|
| モデルの世代 | 裏側のモデルが新しいものに置き換わっている | 設定画面や料金表に並ぶモデル名と、提供元の変更履歴を見る |
| プランのグレード | 無料プランと有料プランで使えるモデルが違う | 自社の契約でどのモデルが選べるかを見る |
| 検討量の設定 | 回答前に内部で検討する量を変えられる(製品では「思考」「推論」などの名前で提供される) | 設定にモードの切り替えがあるかを見る(第2章) |
この3要因は、逆向きにも効きます。いったん使えると判断した処理が、提供元の更新で静かに劣化することがあるためです。モデル名を固定していても内部の更新で出力が変わり得るので、品質を保証したい処理では、モデルの版を記録し、更新を検知する仕組みを持つ必要があります(第13章・第14章)。
一年目の一月、営業部長は「AIの文章は使えないぞ。二年前に試した」と言いました。提案書の骨子を頼むと、製品と関係ない話が並んだといいます。どのサービスのどのプランかを聞かれても「無料のやつだよ」としか返ってこず、同じ名前でも中身のモデルは入れ替わるため、結果は今の判断に使えませんでした。二年目の五月、社内ナレッジ検索のコンペの3社に送る質問票を作るとき、情報システム課の森は、答える前にどれだけ考えさせるかも設定で変えられると指摘し、試行の記録欄を「実施日・モデル・プラン・検討量の設定」の4項目にしました。「AIで試した」という記録は、いつ・どのモデルで・どのプランで・どの検討量設定で試したかまで残さないと、次の判断に使えません。試行の記録様式にこの4項目を入れておくのが最も安い対策です。
この場面は網羅物語之巻 第2章「RAGと言われても」に出てきます。
クラウドAIとローカルAIの使い分け
クラウド型(API経由)
提供元のサーバー上のモデルを、ネットワーク越しに使う形です。最新・最高性能のモデルが使え、設備投資が不要で、モデルの更新も提供元が行います。
制約は3つです。データが社外に出ること、ネットワーク障害の影響を受けること、そして提供元の仕様変更・値上げ・サービス終了の影響を受けること(第10章)。
オンプレミス型・ローカル型
自社の設備でモデルを動かす形です。データを外に出さずに済み、通信も不要です。制約は、設備の初期投資と運用の手間、そして一般に使えるモデルがクラウドより小さくなることです。
量子化と小規模モデルの進歩により、この選択肢の実用性はここ数年で大きく上がっています。
エッジAI・オンデバイスAI
カメラ、センサー、スマートフォンなどの端末上でAIを動かす形です。通信の遅延がなく、映像を外部に送らずに済むため、工場の検査やプライバシーに配慮が必要な用途で使われます。
機密度に応じたハイブリッド運用
実務的な現実解はこれです。データを機密度で分類し、処理の経路を分けます。
- 公開情報・一般的な調べもの ― クラウドの高性能モデル
- 社内限りの情報 ― 契約で学習利用を除外したクラウド、または自社環境
- 個人情報・取引先の機密情報 ― オンプレミス、または該当部分を除去してから送信
この分類は組織として決める必要があります。個人の判断に任せると、必ず境界を越える利用が発生します(第16章)。
単体AIと複合型サービスの違い
単機能AI
1つの処理だけを行うものです。画像から不良を判定する、音声を文字にする、金額を抽出する。責任範囲が明確で、精度の測定も容易です。
複合型サービス
市販の「AIサービス」の多くは、複数の部品の組み合わせです。たとえば社内文書に基づいて回答する仕組みは、(1)質問から検索語を作る、(2)文書を検索する、(3)見つかった文書とともにLLMに渡す、(4)回答と出典を整形する、という工程を持ちます。
この構成を理解しておくことが、実務では決定的に重要です。出力が誤っていたとき、原因がどの工程にあるかで対処がまったく違うからです。検索が必要な文書を拾えなかったのか、モデルが誤読したのか、渡し方の設計に問題があるのか。「AIが間違えた」で止めると改善に進めません。
AIエージェント・マルチエージェント
目的を与えると、必要な手順を自分で決めて複数の操作を続けて実行する仕組みです。外部のツールを呼び出す、ファイルを操作する、結果を見て次を決める、といった動作をします。
実務上の要点は権限設計です。自律的に動く仕組みでは、与えた権限の範囲が被害の上限になります。読み取りだけで足りる処理に書き込み・送信・削除の権限を与えないことが原則です(第21章)。
ワークフロー自動化ツールとの組み合わせ
既存の業務自動化ツールにAIの処理を1工程として組み込む形も増えています。開発をせずに試せる利点がある一方、部署ごとに独立して作られると全体像を把握できなくなります(第12章のシャドーIT)。
「AI」「生成AI」「機械学習」の整理
階層関係
この3語は並列ではなく入れ子です。
- AI ― 人間の知的作業を機械に行わせる分野全体。最も広い語。
- 機械学習 ― AIのうち、データから規則性を学ぶ方式。現在の実用AIのほとんど。
- 深層学習 ― 機械学習のうち、多層のニューラルネットワークを用いる手法。
- 生成AI ― 深層学習を用いて、文章・画像などを生成するもの。
したがって「AIブーム」の実体の大半は生成AIのブームです。この区別ができると、「AIは危険」「AIは使えない」という主張がどの範囲を指しているかを見極められます。
基盤モデル(ファウンデーションモデル)
大量の汎用データで事前に学習され、さまざまな用途に転用できるモデルを指します。用途ごとに一から学習させるのではなく、既存の基盤モデルを土台にして目的に合わせる。この構図が、開発コストの前提を変えました。
プロンプト・トークン・コンテキストウィンドウ
- プロンプト ― モデルに与える指示や文脈のこと。
- トークン ― モデルが文章を処理する単位。単語より細かく、日本語では1文字が1トークン以上になることもあります。料金がトークン数で決まるため、費用見積もりの単位になります(第3章)。
- コンテキストウィンドウ ― 一度に渡せるトークン数の上限。長い文書を扱う場合の制約になります。上限が大きくても、全体に均等に注意が向くとは限らない点は実務上の注意点です。
ファインチューニング・RAG・エージェントの違い
この3つはしばしば混同されますが、解く問題が違います。
| 手法 | 解く問題 | 更新のしかた | 主な費用 |
|---|---|---|---|
| ファインチューニング | 出力の形式・文体・専門的な振る舞いを合わせる | 再学習が必要 | 学習と検証の工数 |
| RAG(検索拡張生成) | 最新の・社内固有の情報を参照させる | 参照文書を更新するだけ | 検索基盤の構築と維持 |
| エージェント | 複数の手順・外部操作を自動で進める | ツールと権限の設定 | 設計と監視、実行時の権限管理 |
実務では「社内の情報に基づいて答えてほしい」という要望に対し、ファインチューニングが提案されることがあります。多くの場合、それはRAGで解く問題です。知識を足したいのか、振る舞いを変えたいのかで手法が分かれます(第2章)。
精度と評価指標の理解
適合率・再現率・F値
判定を伴う処理では、単一の「精度」では実務判断ができません。次の2つを分けて見る必要があります。
- 適合率 ― AIが「該当する」と判定したもののうち、実際に該当していた割合。誤検出の少なさを表します。
- 再現率 ― 実際に該当するもののうち、AIが拾えた割合。見落としの少なさを表します。
この2つは通常、片方を上げると片方が下がります。どちらを優先するかは業務で決まります。不良品の検出では見落としが致命的なので再現率を優先し、誤検出は人の再確認で吸収します。逆に、大量の候補から自動処理する用途では、誤検出のコストが高いので適合率を優先します。
F値は両者の調和平均で、単一の数値で比較したいときに使います。ただし業務判断では、F値ではなく適合率と再現率のどちらを優先するかを先に決めるのが正しい順序です。
ベンチマークスコアの見方と限界
モデルの性能比較には各種のベンチマークが使われますが、実務では次の限界を踏まえる必要があります。
- ベンチマークの課題と自社の業務は一致しません。高スコアが自社データでの高精度を保証しません。
- 学習データにベンチマークの問題が混入している可能性(データ汚染)を外部から検証できません。
- スコアは公開時点のものです。比較対象のモデルが最新かを確認する必要があります。
実務での正しい確認手順は1つです。自社の実データのサンプルで試すこと。数十件から数百件のサンプルを用意し、候補となるモデルに同じ処理をさせて比べる。この工程を省くと、選定の根拠が公開スコアだけになります(第3章)。
ハルシネーションの測り方
生成系では「事実と異なる内容を自然な文章で出す」度合いが問題になります。これを測るには、正解を用意した検証セットを作る必要があります。
実務的な作り方は、業務で実際に来た質問と、その正しい答えの組を50〜100件用意することです。これをモデルやプロンプトを変えるたびに流し、誤答の件数を数えます。この検証セットは回帰テストの土台にもなります(第14章)。
人間評価とAIによる評価
生成系の品質は自動測定が難しいため、人が評価するのが基本です。ただし件数が多いと現実的でないため、AIに評価させる方法(LLM-as-a-judge)も使われます。
この方法には既知の偏りがあります。長い回答を高く評価しやすい、自分と似た文体を好むなどの傾向です。したがって、AIによる評価は相対比較のふるい分けに使い、最終判断は人が行うという使い分けが実務的です。
五月十五日、アストラム・データは社内ナレッジ検索の提案で、検索の精度が公開の評価で上位だという資料を出しました。情報システム課の森は「その評価の問題と、うちの文書は別物だと思います」と言い、当社の規程と手順書を何十件か使って、見落としと関係ない文書の混ざり具合を分けて見せるよう頼みました。係長の倉田は、規程を探す人には見落とし(再現率)のほうが怖く、関係ない文書は出典が出ていれば人がはじけると整理し、どちらを優先するかは当社が先に決めるとしました。この依頼は3社共通の質問票の5問目になります。六月に届いたアストラムの比較表には、適合率しか載っていませんでした。選定基準を公開スコアから自社データでの再現率に変えたことが、この選定の実質でした。
この場面は網羅物語之巻 第2章「RAGと言われても」に出てきます。