技術の確認と契約の確認は別
AIサービスの導入検討では、性能と機能の確認に時間を使います。しかし稼働後に問題になるのは、多くの場合契約条件の側です。データが学習に使われていた、値上げを断れなかった、サービス終了時にデータを取り出せなかった。
本章では、契約で確認すべき項目を扱います。第10章がリスクの構造と技術的な備え、本章が契約上の手当てという分担です。
なお、本章の記述は一般的な確認の観点であり、法的助言ではありません。実際の契約検討では、必ず法務部門または弁護士に確認してください。
SLA(サービス品質保証)の確認
何が保証されているのか
SLAで最も誤解されやすい点です。保証されているのは「停止しないこと」ではなく、「停止した場合の措置」です。措置の内容は多くの場合、利用料の一部返還です。
つまり、業務が止まったことによる損害は補償されません。したがってSLAの水準は「業務を止めない設計をどこまで自社で行う必要があるか」を判断する材料として読みます(第10章)。
確認する項目
| 項目 | 確認すること | 実務上の意味 |
|---|---|---|
| 稼働率の水準 | 月間・年間の保証値 | 許容できる停止時間の目安になる |
| 測定の方法 | 何を停止と数えるか。応答遅延は含まれるか | 遅延が除外されていると、実質的な停止が保証外になる |
| 除外事由 | 計画停止、上流事業者の障害、利用側の設定 | 除外が広いと保証の実効性が下がる |
| 措置の内容 | 返還の割合、申請の必要性、期限 | 自動返還でなければ申請の手続きが必要 |
| 通知の方法 | 障害・計画停止の通知経路と事前期間 | 運用手順に組み込む必要がある |
| サポートの応答 | 問い合わせの受付時間と初期応答の目標 | 障害時に連絡が取れるかを決める |
2番目と3番目が実質的に重要です。応答遅延が停止に数えられない場合、実用に耐えない遅さでも保証の対象外になります。推論モデルのように応答時間が長い処理では、遅延の扱いを確認する必要があります。
契約条項で確認すべき事項
データの利用目的
最も重要な確認項目です。次の点を明示的に確認します。
- 入力したデータがモデルの学習に使われるか ― プランと契約形態で変わります。既定で学習に使う設定になっている場合があります。
- 学習以外の利用があるか ― 品質改善、不正利用の監視、統計の作成といった目的での利用。
- 人が内容を確認することがあるか ― 不正利用の確認のために、人が入力内容を見る場合があります。
- 保存期間 ― 入力・出力がどれだけの期間保持されるか。削除を要求できるか。
- 保存場所 ― どの国のサーバーに保存されるか(第19章のデータ移転に関わります)。
- 再委託先 ― 事業者がさらに別の事業者を使っている場合の扱い(第10章)。
最後の項目は見落とされがちです。そのサービスが他社のモデルを再提供している構成では、上流の事業者にもデータが渡ります。上流の条件を確認する必要があります。
知的財産権の帰属
次の3つを区別して確認します。
| 対象 | 確認すること |
|---|---|
| 入力したデータ | 権利が自社に残ること。事業者による利用範囲の限定 |
| 出力された成果物 | 利用の制限があるか。商用利用の可否。表示義務の有無 |
| 追加学習したモデル | 誰に帰属するか。契約終了後に使えるか。持ち出せるか |
3番目が実務では大きな論点になります。自社のデータで調整したモデルが事業者側にしか存在せず、契約終了とともに使えなくなる構成では、依存の段階が最も深くなります(第10章)。
責任範囲
AI関連の契約では、責任の範囲が限定されているのが一般的です。確認する点は次のとおりです。
- 出力の正確性についての保証 ― 多くの場合、保証されません。「出力を検証する責任は利用者にある」という条項が置かれます。
- 損害賠償の上限 ― 支払った利用料の範囲などに限定されることが一般的です。
- 免責の範囲 ― 間接損害、機会損失、データの喪失が除外されているか。
- 第三者からの権利主張への対応 ― 出力が第三者の権利を侵害したとされた場合の扱い。事業者が対応する条項がある場合と、ない場合があります。
1番目を踏まえると、出力の検証を自社で行う体制は契約上も前提になっているということです。検証セットと確認工程の設計(第14章)は、契約リスクへの対処でもあります。
変更に関する条項
AIサービスは変化が早いため、この条項の重みが他のサービスより大きくなります。
- 料金改定の通知期間 ― 何日前に通知されるか。改定時に解約できるか。
- 仕様変更の通知 ― モデルの更新、機能の廃止の通知方法と期間。
- モデル廃止時の移行期間 ― 使用中のモデルが廃止される場合の猶予(第10章)。
- 規約の一方的変更 ― 変更の効力が生じる条件。
終了時の条項
- データの返還 ― 取り出せる形式と期間。
- データの削除 ― 削除の実施と、その証明。
- 移行の支援 ― 支援があるか、費用が発生するか。
- 解約の予告期間と違約金 ― 途中解約の条件。
1番目は導入時に確認するのが原則です。終了が決まってから確認しても、取り出せない形式で預けていれば手遅れになります。
ベンダーロックインへの契約上の対策
技術的な対策(抽象化の層、検証セットの保持)は第10章・第13章で扱いました。契約側でできる対策を挙げます。
- データの取り出しを権利として明記する ― 形式と期間を含めて書き込みます。
- 追加学習したモデルの扱いを明記する ― 帰属と、終了後の利用可否。
- 独占的な条項を避ける ― 他の事業者のサービスを併用できないという条項が入っていないか確認します。
- 契約期間を長くしすぎない ― 単価の値引きと引き換えに長期契約を結ぶ場合、切り替えの自由度が下がります。市場の単価が下がる傾向を踏まえて判断します(第9章)。
- 移行支援の内容を契約に含める ― 終了時のデータ形式、支援の範囲、費用。
3番目は実際に問題になります。「本サービスと競合するサービスを併用しない」という条項が含まれていると、分散の設計(第10章)が契約上できなくなります。
監査権と第三者評価
事業者側の運用状況を確認する手段です。すべての契約で必要ではありませんが、次の場合には確認します。
- 個人情報または機密情報を扱う
- 業界規制の対象となる業務に使う(第19章)
- 自社が監査を受ける立場にあり、委託先の管理状況を説明する必要がある
確認の方法
| 手段 | 内容 | 実務上の位置づけ |
|---|---|---|
| 第三者認証の提示 | 情報セキュリティに関する認証、監査報告書の提供 | 最も一般的。多くの事業者が対応している |
| 質問票への回答 | 自社の確認項目に文書で回答してもらう | 個別の要件を確認できる |
| 監査権の確保 | 契約に監査の実施権を明記する | 大規模な取引でないと応じられないことが多い |
| 再委託先の開示 | 上流の事業者と、そこでの取り扱い条件 | AI関連では特に重要(第10章) |
実務では、質問票への回答を求める形が最も現実的です。質問票には、本章で挙げたデータの利用目的・保存期間・保存場所・再委託先を必ず含めてください。
複数ベンダー活用によるリスク分散
第10章で技術的な観点を扱いましたが、契約管理の観点でも整理しておきます。
分散のパターン
- 用途で分ける ― 処理の種類ごとに別の事業者を使う。費用最適化と分散が同時に進みます。
- 重要度で分ける ― 停止が許されない処理だけ二重化する。
- 機密度で分ける ― 区分3の情報は自社環境、それ以外はクラウド(第16章)。
- 交渉のために併用する ― 代替候補を実際に使っておくと、条件交渉の材料になります。
分散のコスト
分散には費用がかかります。次を見込んだうえで判断します。
- 契約管理の工数(条件の確認、更新の管理が事業者数に比例します)
- 検証の工数(検証セットを両方に対して流す必要があります)
- プロンプトの調整(事業者ごとに効く指示が違います)
- 運用の複雑さ(障害時にどちらの問題かの切り分けが増えます)
したがって、すべてを分散する必要はありません。停止が許されない処理と、機密度の高い処理に限定するのが実務的です。
契約確認のチェックリスト
本章の内容を、確認に使える形にまとめます(第27章にも収録しています)。
- 入力データが学習に使われるか。使われない設定にできるか
- 学習以外の利用(品質改善・監視)の範囲
- 人が入力内容を確認することがあるか
- データの保存期間と、削除を要求できるか
- データの保存場所(国)
- 再委託先の有無と、そこでの取り扱い条件
- 入力データの権利が自社に残るか
- 出力の利用に制限があるか(商用利用・表示義務)
- 追加学習したモデルの帰属と、終了後の利用可否
- 出力の正確性についての保証の有無
- 損害賠償の上限と免責の範囲
- 第三者の権利主張への対応
- 料金改定の通知期間と、改定時の解約可否
- 仕様変更・モデル廃止の通知期間と移行期間
- 終了時のデータ返還の形式と期間
- 終了時のデータ削除と、その証明
- 解約の予告期間と違約金
- 独占的条項(競合サービスの併用制限)の有無
- SLAの水準・測定方法・除外事由・措置の内容
- サポートの受付時間と応答目標
20項目ありますが、多くは事業者が公開している利用規約とデータ処理に関する文書に記載されています。提案書ではなく、規約の原文を確認してください。
朝凪精機は一年目の二月から、社内チャット「コネクトAIアシスト」を1年ごとの自動更新で使っていました。二年目の十一月下旬、約4割の値上げを伴う更新の案内が届き、翌日の説明で、値上げは基盤モデルの提供元の料金改定によるものだと分かります。このサービスは他社のモデルの再提供で、基盤はサービス名をそのままに随時更新されるとのことでした。十一月二十七日、総務課の戸田主任が顧問弁護士の早坂と条文を読むと、第三者が提供する基盤の変更に起因して機能が変わったり止まったりした場合は、提供元の責任外とする除外規定が含まれていました。上流で何かが変われば、影響は実質的に朝凪精機が負います。契約前に「そのサービスが他社のモデルを再提供している構成か」を確認していれば、この論点は交渉の対象にできました。
この場面は網羅物語之巻 第8章「乗り換えられない」に出てきます。