提案書は、書かれていないことを読む

提案の良し悪しを、書かれている内容から判断するのは難しいです。専門用語の妥当性を確認するには、こちらも同じ知識が必要になります。

そこで視点を変えます。まともな提案に必ず含まれるものが、含まれているかを見るのです。この判定には専門知識が要りません。以下の4つの型を知っておけば、その場で確認できます。

型1 ― 数値と工程がない

バズワードが並び、図はきれいで、しかし具体的な数字が1つもない提案があります。確認すべき数字は決まっています。

  • 対象範囲 ― 全業務のうち何割を対象にするのか
  • 件数 ― 月間どれだけの処理を想定しているのか
  • 精度と、その測り方 ― 何をもって正解とするのか
  • 工程と期間 ― 誰が何をする期間なのか(「AI開発 2か月」は工程ではありません)
  • 費用の内訳 ― 初期費用、月額、処理量に応じた課金の別

この5つが揃っていない提案は、まだ見積もりの段階に達していません。金額の妥当性を議論する前に、ここを埋めてもらう必要があります。

型2 ― 煽り文句で判断を急がせる

「いま決めないと」「他社はすでに」「AIを使わない企業は残らない」。この種の表現が、提案の中で具体的な効果の説明を置き換えている場合は注意が必要です。

時間の圧力が本当に存在する場合もあります。その場合は「今期の予算枠が今月末で確定するため」といった、確認可能な理由が示されます。確認できない理由で急がされているなら、それは検討時間を削るための圧力です。

型3 ― 実績の中身が受け売り

「多数の導入実績があります」という説明は、そのままでは情報になりません。次の3点で中身が分かれます。

  1. 自社で手を動かしたのか ― 提案元自身が実装したのか、他社の事例を紹介しているだけなのか。
  2. 本番稼働なのか ― 試験導入で終わった案件を「導入実績」と数えている場合があります。
  3. いま動いているのか ― 導入後に停止した案件も、実績としては残ります。
⚠ 危険信号

実績について聞くときは、「その案件は今も動いていますか。稼働から何か月経っていますか」と質問してください。この2問は答えを曖昧にしにくく、しかも失礼になりません。稼働期間が短い実績ばかりの場合、運用段階の課題(保守・費用・精度の劣化)についての知見はまだ蓄積されていないと考えるのが妥当です。

型4 ― 成果物の定義が曖昧な契約

診断、ワークショップ、ロードマップ策定といった名目の契約で、成果物が「報告書」としか定義されていない場合があります。この形は、何をもって完了とするかが決まらないため、後から不足を指摘することができません。

確認すべきは次の3点です。

  • 成果物の形と分量 ― 何が、どの粒度で、何ページ相当で納品されるのか
  • 次の工程への接続 ― その成果物があれば、次に何が決められるのか
  • 再委託の有無 ― 実際に作業するのは誰か
現場のシーン架空の例

二月七日の午後、朝凪精機の経営企画部の瀬尾は、部の棚で「AI活用診断 報告書」という背表紙を見つけました。前の年に経営企画部が、AI戦略アドバイザーの一条の事務所へ発注したものです。厚い報告書には、全部署の業務の一覧と、それぞれに当てはまりそうな一般的なAIの活用例が並び、問い合わせ対応の欄には「チャットボットによる自動応答」とありました。しかし、どの業務のデータがどこにどんな形で残っているのかは、一行も書かれていませんでした。この報告書があっても、次に決められることは何もありません。問い合わせの記録がどうなっているかを調べるところから、結局やり直すことになりました。契約時に「この成果物があれば次に何が決められるか」を確認していれば、この不一致は避けられました。

4つの型に共通する確認のしかた

どの型に対しても、次の3問が効きます。特別な知識は要りません。

  1. 「対象は全業務の何割ですか」 ― 範囲が示されない提案は評価できません。
  2. 「うちのデータは今どういう状態だと理解されていますか」 ― 実現可能性の検討をしているかがわかります。
  3. 「うまくいかなかった場合、何が原因だと想定されますか」 ― 経験のある相手は具体的なリスクを挙げます。経験がない相手は「ないと思います」と答えます。

3問目は特に有効です。実際に導入を経験していれば、失敗の型を知っているからです。リスクを挙げられない提案者は、まだ失敗を経験していないと考えて差し支えありません。