PoCが止まる場所は決まっている

実証実験(PoC)は本来、判断のための工程です。「この方法で目的が達成できるか」を確かめ、進むか止めるかを決める。ところが実務では、PoCが完了しても判断が行われず、次のPoCが始まるという状態がよく起きます。

この章では、止まるパターンの見分け方と、止まらないための条件を扱います。

「動くものができました」で終わる型

PoCの報告が動作の説明で終わっているとき、判断材料が揃っていません。判断に必要なのは動作ではなく、次の4つです。

  • 対象範囲 ― 全業務の何割を処理できたか。残りはなぜできなかったか。
  • 人の作業時間の変化 ― 確認・修正を含めた合計時間が、従来と比べてどうなったか。
  • 件数を増やしたときの見通し ― 費用と処理時間が件数に比例するか、どこで詰まるか。
  • 本番化に必要な残作業 ― 権限、監視、保守、教育を含めた一覧と工数。

この4つが報告に含まれていれば、進む・止めるの判断ができます。含まれていなければ、PoCは技術的な動作確認で終わっており、意思決定の材料にはなっていません。

効果を測らないまま繰り返される型

PoCが繰り返される背景には、測定の設計が最初にないことがあります。「やってみて効果があれば本番化する」という進め方では、効果の定義が事後になり、結果の解釈が分かれます。

防ぐには、着手前に測るものを決めておくだけです。

  1. 比較対象 ― 従来のやり方の数値を先に測る。これがないと差が出せません。
  2. 判定の基準 ― どの数値がどこまで動けば成功とするか。
  3. 判定の期限 ― いつ判断するか。期限がないPoCは延び続けます。
  4. 止める条件 ― どうなったら中止するか。これを先に決めておくと、中止が失敗ではなく予定された判断になります。
⚠ 危険信号

PoCの計画に「止める条件」が書かれていない場合、そのPoCは止まりません。中止の判断が誰かの評価に結びついてしまうためです。着手前に「精度が○%を下回る場合、または対象範囲が○割に届かない場合は中止」と書いておくと、判断が個人の責任から計画の実行に変わります。

本番運用に必要なものが抜けている型

PoCと本番の間に残っている作業は、毎回ほぼ同じです。事前に一覧にしておけば、PoCの段階で工数を見積もれます。

  • 権限と認証 ― 誰がどのデータを見られるか。PoCでは省略されがちです。
  • 監視と通知 ― 止まったときに誰がどう気づくか。
  • 例外処理の受け皿 ― 自動処理できなかった案件を誰が処理するか。
  • 費用の上限管理 ― 処理量課金の月間上限と、超えたときの動き。
  • 保守の担当 ― 社内で変更・復旧できる人が何人いるか。0人なら外部保守契約が必要です。
  • 利用者への説明 ― 使い方と、AIの出力をどう扱うかの周知。
現場のシーン架空の例

三月二日の夜、朝凪精機の情報システム課で、倉田は書庫から5冊の報告書を出して机に並べました。この3年で社内が行ったPoCの報告書で、おととしの補修部品の需要予測も入っています。結論欄は5件ともほぼ同じ文言で「技術的には実現可能と考えられる」。本番になったものは一件もありません。並べて見ると、どの報告書にも、権限・止まったときの監視・例外の受け皿・費用の上限・保守といった、本番化までの残作業の欄がありませんでした。経営企画部の瀬尾は、手帳の見開きを「確かめられたこと」と「確かめられていないこと」に分けて書き出しました。倉田はこのあと、自分たちが扱う試行の報告書式に「本番化までの残作業と工数」の欄を置き、その欄が埋まらないPoCには着手しないことにしました。

止まらないPoCにするための3条件

順序が重要です。着手前に決めるものと、報告時に出すものが分かれます。

着手前に決める

  • 比較対象の数値(従来のやり方の実測)
  • 成功と判定する基準、判定の期限
  • 中止する条件

報告時に必ず出す

  • 対象範囲の割合と、対象外だった理由
  • 人の確認を含めた合計時間の変化
  • 本番化までの残作業と工数の見積もり

判断の場を用意する

  • 報告を受けて進む・止めるを決める会議を、着手時点で日付ごと押さえておく

3つ目が抜けると、報告が提出されただけで判断されない状態になります。日付を先に決めておくだけで、この形は避けられます。