2種類の売り込み
AIをめぐる売り込みには2つの方向があります。1つは外から製品やサービスを売るもの、もう1つは社内で「AIに詳しい人」という位置を得ようとするものです。
動機は違いますが、話し方には共通の特徴が現れます。どちらも、相手が検証できない領域で説得力を作る必要があるためです。この章では特徴を並べ、どちらにも同じように効く確認質問を用意します。
念のため確認しておくと、売り込むこと自体は問題ではありません。良い製品は売り込まれるべきで、社内で専門性を示すことも正当な行動です。見分けたいのは、検証を避ける形の説明になっているかだけです。
外から売る側の話法
頻出する型を挙げます。
- 抽象度を上げる ― 「業務全体をAIで最適化」のように、対象が特定できない粒度で語る。反論も検証もできません。
- 他社名を出す ― 「大手も導入済み」。導入の範囲と稼働状況は語られません。
- デモの範囲を示さない ― 実演は行うが、使ったデータの件数と出所を言わない。
- 技術用語で押す ― 質問に対して、より専門的な用語で答える。聞き手が質問をやめると成功します。
- 期限を切る ― 「今期の枠が」「キャンペーンが」。確認可能な理由なら正当ですが、そうでなければ検討時間を削る圧力です。
社内でポジションを作る側の特徴
こちらは外部より見分けにくいことがあります。日常的に接している相手であり、実際に一定の知識を持っている場合も多いためです。現れやすい特徴は次のとおりです。
- 情報の経路を集約する ― ベンダーとのやり取り、技術情報の共有が特定の人を経由するようになる。
- 質問に対して知識量で応じる ― 業務上の疑問に、技術的な詳しさで答える。疑問は解消しないまま終わります。
- 失敗の情報が出てこない ― うまくいった話は共有されるが、止まった案件の理由は共有されない。
- 範囲外を範囲内として語る ― 実装の経験からデータ整備・法務・契約まで意見が及ぶ。前章で扱った構造です。
この特徴が現れているとき、本人に悪意があるとは限りません。頼られる状況が続けば、範囲外の質問にも答えざるを得なくなります。だから対処は、人を替えることではなく情報の経路を複線化することです。
どちらにも効く確認質問
次の5問は、外部にも社内にも同じように使えます。専門知識を必要とせず、失礼にもなりません。
- 「今回の話のうち、ご自身が実際に手を動かされたのはどこまでですか」
専門範囲を確認します。誠実な相手は境界を具体的に答えます。 - 「デモで使ったデータは何件で、どこから持ってきたものですか」
実演の示す範囲がわかります。 - 「対象は全業務の何割ですか。残りはなぜ対象外ですか」
提案の適用範囲が確定します。 - 「うまくいかなかった場合、何が原因だと想定されますか」
経験のある相手は具体的なリスクを挙げます。「ないと思います」は経験の不足を示します。 - 「同じことを実現する別の方法は何がありますか。なぜそれを採らないのですか」
比較検討をしているかがわかります。代替案を挙げられない提案は、目的から出発していません。
三月十二日、朝凪精機の営業部の小会議室で、営業部二年目の小野寺は、生成AIで自作した見積書作成ツールについて5つの質問を受けていました。5問目の「同じことを別の方法でやるとしたら? それを採らなかったのはなぜ?」に、小野寺は少し黙ってから、表計算のマクロでもできると答えました。単価を引いて書式を埋めるところはマクロで足り、単価表を外に出さずに済む。ただし添え状は定型文になり、型番が増えるたびに表を直す人が要る。聞いていた営業部長は身を乗り出し、「それを先に言え。弱いところまで分かってるなら、安心して任せられる」と言いました。計算と書式は当面マクロで回すことに決まり、小野寺への信頼はむしろ上がりました。代替案を説明できることは、提案の弱さではなく検討の証拠として扱われます。
この場面は物語之巻 第5話「小野寺くんのツール」に出てきます。
質問への反応を見る
5問の答えの内容と同じくらい、質問に対する反応が情報になります。
確認質問に対して、質問の妥当性を問い返す反応が返ってきた場合は注意してください。「そこまで細かく見る必要がありますか」「技術的な話になりますが大丈夫ですか」「他社さんはこういう質問はされませんが」。いずれも質問を取り下げさせる働きをします。誠実な相手であれば、答えられない場合でも「今は答えられないので確認して回答します」と言えます。
自分が売り込む側になるとき
この章の内容は、立場が逆になったときにも使えます。社内でAI活用を提案する側になったら、5問に自分で先に答えて資料に書いておくことです。
- 自分が手を動かした範囲と、そうでない範囲を明示する
- デモに使ったデータの件数と出所を書く
- 対象範囲の割合と、対象外の理由を書く
- 想定されるリスクと、その場合の対処を書く
- 代替案と、それを採らない理由を書く
この5点が書かれた提案は、検証可能です。検証可能な提案は、通ったときに反対者が残らないという実務上の利点もあります。