この章の使い方
本書の全章に登場する危険信号フレーズとバズワードを、使われ方の型ごとに収録したものである。それぞれに「どう聞き返せば実態が確認できるか」を添えた。
あらためて確認しておく。これらのフレーズが使われていること自体が不正の証拠ではない。誠実な提案者であれば、具体的な数値・工程・条件を添えて説明できるはずである。本章の目的は相手を疑うことではなく、確認すべき点を明確にすることにある。
実務上の使い方は2つある。会議の前に該当する型の節を読んでおくか、あるいは会議中に該当するフレーズが出たときにその行の聞き返し方を使うか。フレーズを覚える必要はなく、聞き返し方の型を1つ持っていれば足りる。
索引
- 抽象化して対象を特定させない
- 技術用語で確認を止める
- 実績・他社名を根拠にする
- 実演の範囲を示さない
- 品質・精度を印象で語る
- 費用の範囲を狭く見せる
- 安全性を結論だけで示す
- 規制対応を形式で示す
- 時間の圧力をかける
- 確認そのものを止める
- 社内で報告と実態がずれる
1. 抽象化して対象を特定させない
対象業務・件数・範囲が特定されないまま議論が進む型である。第7章・第15章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「AIで業務全体を最適化します」 | 最初に着手するのはどの業務ですか。月間何件ですか |
| 「全社的なDXの推進」 | 達成したかどうかは、どの数字で判断しますか |
| 「データドリブンな意思決定へ」 | どのデータを、どの粒度で、何年分使いますか |
| 「業務プロセスを抜本的に見直す」 | 見直す対象の工程を1つ挙げてもらえますか |
| 「AI人材の育成」 | どの役割の人を何人、いつまでに、何ができる状態にしますか |
| 「まずは全社で使えるようにする」 | 使う人は何人で、扱うデータの区分はどれですか |
2. 技術用語で確認を止める
技術の名前が説明ではなく確認の終了として機能する型である。第1章・第2章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「RAGを使っているので正確です」 | 必要な文書が見つからなかった場合、どう振る舞いますか |
| 「ファインチューニングで御社に最適化します」 | 足したいのは知識ですか、変えたいのは振る舞いですか |
| 「マルチエージェントで精度を高めています」 | 工程数と、それによる費用・応答時間の増加はどれだけですか |
| 「最新の大規模モデルを採用しています」 | この処理に、その規模は必要ですか |
| 「独自のアルゴリズムを使っています」 | 当社のデータでの結果を見せてもらえますか |
| 「一般のAIとは仕組みが違います」 | どういう工程で結果を出していますか |
| 「プロンプトエンジニアリングで解決できます」 | その効果は、どの検証で確認しましたか |
| 「エージェントが自律的に処理します」 | AIが実行できる操作の一覧を見せてもらえますか |
3. 実績・他社名を根拠にする
実績の中身が確認されないまま根拠として扱われる型である。第4章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「多数の導入実績があります」 | その案件は今も動いていますか。稼働から何か月ですか |
| 「大手企業も導入済みです」 | 導入範囲はどこまでで、御社が実装されたものですか |
| 「同業種での実績があります」 | その企業と当社で、データの状態と拠点数はどれくらい近いですか |
| 「業界標準になっています」 | 何を基準に標準と呼んでいますか |
| 「多くのお客様に評価されています」 | 評価はどの指標で、いつ測ったものですか |
4. 実演の範囲を示さない
デモの示す範囲が不明なまま、完成度の印象が形成される型である。第4章・第15章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「ご覧のとおり問題なく動作します」 | 使ったデータは何件で、どこから持ってきたものですか |
| 「実際の業務データで試しています」 | 手作業で整えた分はどれくらい含まれますか |
| 「精度は高いです」 | 何を正解とし、件単位の完全正解率はどれだけですか |
| 「すぐに使い始められます」 | 当社側で必要になる作業と工数を挙げてください |
| 「一般的なデータで十分お分かりいただけます」 | 当社のデータ100件で試させてもらえますか |
5. 品質・精度を印象で語る
測定の裏付けがないまま品質が語られる型である。第14章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「精度は使うほど上がります」 | 何をどう追加すると上がるのですか。その作業は誰がしますか |
| 「AIなので誤りは避けられません」 | 誤答率は、どの検証で測った数値ですか |
| 「人が確認するので品質は担保されます」 | 判断者は根拠を確認できる情報を受け取れますか |
| 「出力が毎回変わるのでテストできません」 | 同じ入力で複数回実行した結果を見せてもらえますか |
| 「AIだから品質保証は不要です」 | 受け入れ条件を件数でどう定義しますか |
| 「AIの判断は説明できません」 | 使用の事実・入力と根拠・判断者は記録されますか |
6. 費用の範囲を狭く見せる
総額が見えにくくなる型である。第3章・第6章・第9章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「単価は業界最安です」 | 1件の業務が完了するまでの総費用はいくらですか |
| 「初期費用は無料です」 | 3年間の総額はいくらですか |
| 「無料で始められます」 | 無料プランでのデータの扱いは有料プランと同じですか |
| 「データはAIが整えます」 | 当社のどの問題が軽減され、残る作業は何ですか |
| 「AIを入れれば後からデータが整います」 | この用途に、過去のデータは必要ですか |
| 「導入は2週間で完了します」 | 異常系・権限・ログ・費用上限は見積もりに含まれますか |
| 「長期契約で単価が下がります」 | 期間内に単価が下がる可能性と切り替えの必要性はどう見ますか |
7. 安全性を結論だけで示す
設計の内容ではなく結論が示される型である。第18章・第21章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「セキュリティは万全です」 | AIに与えている操作権限の一覧を見せてもらえますか |
| 「プロンプトインジェクション対策済みです」 | 外部データを扱う処理と社内データへのアクセスは分離されていますか |
| 「お客様のデータは安全に管理されます」 | 保存場所・保存期間・学習利用の有無・再委託先を教えてください |
| 「システムプロンプトで制限しています」 | その制限が引き出された場合の想定はありますか |
| 「社内向けなので認証は不要です」 | 退職者・異動者・業務委託の方もアクセスできる状態ですか |
| 「ログは全部取っています」 | 機密情報は記録されていませんか。保持期間と権限は設定されていますか |
8. 規制対応を形式で示す
対応の表明が実質を伴わない型である。第19章・第20章・第22章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「個人情報保護法に準拠しています」 | 確認した結果として、何を変えましたか |
| 「EU AI Act に対応済みです」 | 当社の用途に、その規制は適用されますか |
| 「診断行為には該当しません」 | その説明を書面でいただけますか |
| 「AI倫理委員会を設置しています」 | 過去1年で条件付き承認または不承認とした案件はありますか |
| 「公平性に配慮した設計です」 | 属性ごとに結果を集計した記録を見せてもらえますか |
| 「属性は入力していないので公平です」 | 相関する項目からの影響はどう検証しましたか |
| 「AIの活用で排出を削減できます」 | 比較対象・算定範囲・期間と、AI利用自体の排出の扱いを教えてください |
| 「ESG経営に貢献します」 | 環境以外の観点(公平性・ガバナンス・労働環境)はどうですか |
9. 時間の圧力をかける
検討時間を短縮させる型である。第25章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「今始めないと乗り遅れます」 | 遅れると、具体的に何がどれだけ不利になりますか |
| 「競合はすでに導入しています」 | 導入範囲と稼働状況、その効果の出所を教えてください |
| 「この業務は数年で置き換わります」 | 対象業務の定義・置き換えの水準・地域・技術の想定を教えてください |
| 「今後は必須になります」 | いつ、何が、誰によって必須になりますか |
| 「様子見はリスクです」 | データの確認と数値の実測は数日で終わりますが、これも様子見ですか |
| 「今期の枠が今月末で確定します」 | (確認可能な理由。妥当な場合が多い) |
10. 確認そのものを止める
質問の妥当性を問い返す型である。第23章で扱った。この型が現れた場合、答えの内容以上に判断材料になる。
| フレーズ | 対応 |
|---|---|
| 「そこまで細かく見る必要がありますか」 | 投資判断に必要な項目であることを説明し、質問を繰り返す |
| 「技術的な話になりますが大丈夫ですか」 | 結論だけ先に伺えますか、と応じる |
| 「他社さんはこういう質問はされませんが」 | 当社の判断に必要な項目です、と応じる |
| 「詳細は後ほどご説明します」 | いつまでに、どの形で回答いただけますか |
| 「まず始めてから条件を詰めましょう」 | データを預けた後の交渉は不利になるため、着手前に確認する |
| 「専門的な内容ですのでお任せください」 | 判断は当社が行う必要があるため、判断材料をください |
誠実な相手であれば、答えられない場合でも「確認して回答します」と言える。この応答が返るかどうかが、最も端的な判断材料になる。
11. 社内で報告と実態がずれる
外部への確認ではなく、社内で現れる型である。第8章・第9章・第15章・第24章で扱った。
| フレーズ | 聞き返し方 |
|---|---|
| 「処理時間が40%短縮しました」 | 対象は全業務の何割で、確認工程を含めた合計時間ですか |
| 「AIがそう判断しました」 | 入力に何を使いましたか。比較した選択肢は何でしたか |
| 「AIというのはそういうものです」 | プロンプト・参照データ・確認工程・設定のどれを試しましたか |
| 「うちは業務が特殊なので」 | 特殊なのは品目数・拠点数・承認階層・規制・既存システムのどれですか |
| 「技術的には実現可能です」 | 本番化までの残作業と工数はどれだけですか |
| 「現場の慣れの問題です」 | 使わない理由を現場に直接聞きましたか |
| 「まずは小さく始めましょう」 | いつ、何を見て、進むか止めるかを判断しますか |
| 「順調に進んでいます」 | 対象範囲・修正率・1件あたり費用の推移はどうですか |
| 「効果は今後出てきます」 | 導入前の数値を実測した記録はありますか |