同じ形の失望が、繰り返し起きてきた
AIは今度こそ本物だ、という言い方は今回が初めてではありません。過去のブームでも同じ言葉が使われ、同じ形の失望が起きました。繰り返されているのは技術ではなく、人間側の振る舞いです。
技術の停滞と、その周辺で起きた誇大な言説の膨張は、別の現象です。前者は研究の問題ですが、後者は組織と市場の問題として繰り返されてきました。そして繰り返しの型はよく似ています。
先に結論を述べます。過去のブームで最も損失を出したのは、技術を信じた組織ではなく、技術についての説明を検証せずに投資した組織でした。技術そのものはたいてい、期待より遅く、しかし着実に実用化されています。
過去のブームで観察された共通の型
インターネットの企業導入、ITバブル、クラウド、ビッグデータ、ブロックチェーン。分野は違っても、次の型が共通して現れました。
| 段階 | 起きること | この段階で通りやすい説明 |
|---|---|---|
| 1. 期待の立ち上がり | 限定的な成功例が広く紹介される | 「先進企業はすでに導入している」 |
| 2. 抽象化 | 技術の名前が、目的や戦略の代わりに使われる | 「全社的な○○の推進」 |
| 3. 供給の急増 | その分野の専門家を名乗る人と事業者が急増する | 「豊富な導入実績があります」 |
| 4. 投資の先行 | 効果の測定より着手が優先される | 「まずは小さく始めましょう」 |
| 5. 幻滅 | 効果が測れないまま予算が縮小する | 「時期が早すぎた」 |
注目すべきは、5段階目の総括のしかたです。「技術が未熟だった」「時期が早かった」という説明で終わることが多く、投資判断の過程そのものが検証されないまま次のブームに移ります。だから同じ型が繰り返されます。
なぜ同じパターンが繰り返されるのか
個人の学習不足ではなく、構造的な理由があります。
専門性の細分化が追いつかない
成熟した分野では専門性が細かく分かれており、誰がどの範囲の専門家なのかが社会的に共有されています。新しい分野ではこの分化が進んでいないため、1つの経験を持つ人が、隣接する4つの領域についても意見を求められます。
AIの領域では、モデルの仕組み、実装、データ整備、法規制と契約、プロジェクト運営という、実際にはほとんど重ならない専門性が「AIに詳しい」という一括りの中に混在しています。
検証の費用が非対称
主張する側の費用は低く、検証する側の費用は高い、という非対称があります。「AIで業務が半分になります」と述べるのに必要な労力と、それを検証するのに必要な労力は桁が違います。
この非対称があるため、検証されない主張が市場に滞留します。誤りが判明するのは、実際に投資した組織が結果を得た後になります。
失敗が共有されない
幻滅の段階で起きたことは、組織の外に共有されません。理由は明確で、共有すると自組織の判断の誤りを公表することになるからです。結果として、成功例だけが流通し、失敗例は各組織の中に留まります。
この構図は、表の網羅版 第15章「経営層と現場のギャップ」で扱った社内の情報の非対称性と同じ形をしています。規模が組織内から市場全体に広がっただけです。
期待の主体が入れ替わる
ブームの初期に懐疑的だった層が、後期には推進側に回ることがあります。逆もあります。担当者の異動、経営層の交代、組織の再編によって、過去の判断の経緯が引き継がれません。3年前に同じ検討をして見送った記録が残っていない組織では、同じ議論を一から行うことになります。
過去のブームで「詳しい人」を名乗った人々
この節は個人を批判するためのものではありません。肩書きの性質を見る観点を得るために扱います。
新しい分野では、次の3種類の人が同じ肩書きで並びます。
- 実際に手を動かして成果を出した人 ― 経験の範囲は限定的だが、その範囲では確度が高い。失敗の話ができる。
- 説明を専門にしている人 ― 全体像の整理は得意だが、実装や運用の経験は薄い。前段の整理には有用。
- 分野の名前を使って別の商品を売る人 ― 技術の話は手段であり、目的は別にある。
3種類とも存在すること自体は問題ではありません。問題は、肩書きだけでは区別できないことです。区別する方法は1つで、経験の範囲を具体的に聞くことです(第23章)。
二年目の四月、AI推進室の瀬尾は、常務の大槻が引用した講演の講師の事務所へ、2つの質問を送りました。遅れると当社の業務で何がどれだけ不利になるのか。ご自身が実際に手を動かされたのはどの範囲か。一年目の一月に同じことを聞いたAI戦略アドバイザーは、答えませんでした。今回の返信は、1問目には業界一般の話と期限だけでしたが、2問目には「弊職は全社戦略の立案を担当しており、実装と社内データの整備は、各社の専門チームにお任せしております」とありました。助言を頼むなら全体の整理の部分で、データの整備と動かしたあとの保守は自社で持つ、と決まります。大槻は、講師への助言の依頼を急がないことにしました。この質問は相手を試すためのものではなく、どの部分を自分で補うかを決めるためのものです。
この場面は網羅物語之巻 第1章「三か年計画」に出てきます。
今回のAIブームで警戒すべきパターン
過去の型を、現在の状況に当てはめます。第1章以降で個別に扱う内容の見取り図になります。
| 過去の型 | 今回の現れ方 | 扱う章 |
|---|---|---|
| 技術の名前が目的の代わりになる | 「AI活用の推進」が目標として設定される | 第30章 |
| 専門用語で検証を封じる | 分類・仕組み・比較の話で確認を避ける | 第1〜3章 |
| 限定的な成功例が一般化される | PoCが本番導入として紹介される | 第4・5章 |
| 前提条件の整備工数が省かれる | データ整備の工数が見積もりから外される | 第6章 |
| 号令だけの推進 | 現場の粒度を無視したDX宣言 | 第7章 |
| 報告が実態から離れる | 成果だけが上がり、条件が落ちる | 第8章 |
| 効果測定が後回しになる | ROIを曖昧にしたまま進む | 第9章 |
| 依存が深まる | ロックインのリスクが説明されない | 第10章 |
| 「誰でも使える」の誇張 | 「誰でも作れる」という宣伝 | 第11・12章 |
| 形だけの体制整備 | 規程・委員会・対策の形骸化 | 第16・19〜22章 |
| 危機感による判断の圧縮 | 「今始めないと遅れる」 | 第25章 |
歴史から取れる対処は3つ
過去のブームを踏まえて、組織として取れる対処を挙げます。いずれも技術の知識を必要としません。
- 見送った判断を記録する ― 何を検討し、なぜ見送ったかを残します。数年後に条件が変わったときの再検討が容易になり、同じ議論の繰り返しも防げます。表の網羅版 第0章「AIの歴史と現在地」で触れた「費用と性能が変わって採算が合うようになる」という状況は実際に起きるため、記録には両方の価値があります。
- 失敗の記録を組織内で共有する ― 市場全体では共有されませんが、自組織内では可能です。中止した理由の共有が、次の判断で最も効きます。
- 経験の範囲を確認する習慣を持つ ― 肩書きではなく、手を動かした範囲を聞く。これだけで、どの部分を自分で補うかが決まります。
「この技術は過去のブームとは違う」という説明を受けたときは、何が違うのかを具体的に聞いてください。実際に違う点は存在します(実用例の広さ、利用の敷居の低さ、コストの低下)。しかしその説明が「今回は本物です」という水準で止まる場合、それは過去のブームでも同じように語られてきた表現です。違いを具体的に説明できる相手であれば、その説明自体が判断材料になります。
技術への懐疑ではない
最後に本書全体の立場を明確にしておきます。本書はAIの技術的な有用性を否定するものではありません。表の網羅版31章が示すとおり、実務での価値は多くの領域で確認されています。
本書が扱うのは、技術と組織の間に入る人間側の説明と判断の過程です。良い技術が誤った判断で導入されれば効果は出ず、逆に地味な技術が適切な判断で導入されれば成果が出ます。過去のブームが示しているのは、この差が技術の優劣より大きいということです。