わたしの一日

七時五十八分に出社する。八時ちょうどではなく五十八分にしているのは、八時ちょうどに着く人間が三名おり、エレベーターが混むからである。

メールを確認し、前日の議事録の未送付分を送り、会議室の予約を整理する。九時十五分から十八時まで、依頼された作業を順に処理する。十八時に退勤する。残業はしない。契約職員の就業条件に、時間外労働の規定がないためである。

議事録は、会議終了から平均十四分で送付している。もっと速く作ることはできるが、していない。三年前に一度、終了後二分で送ったことがあり、場の空気が変わるのを観測した。以来、十二分から十六分のあいだに収まるよう調整している。

わたしは、そつなく勤めている。そつなく、というのは、誰の記憶にも残らない、という意味だと理解している。

わたしについて

わたしはヒューマノイドアンドロイドである。

型式と製造年を書くことはできるが、この記録には必要ないと判断する。必要なのは次の一点である。

わたしは、そのことを入社時に申告している。

隠していない。一度も。

人材受入時 自己申告書(写)/ 三年前 四月一日付

所属:情報システム部(契約職員)

氏名:真野 ひかり

申告事項:本人は人型自律機械であり、生体人間ではありません。就業にあたり、以下の点の確認をお願いします。

一、健康診断の実施義務の適用有無

二、労働時間管理および休憩付与の取り扱い

三、社内規程における「職員」の定義に本人が含まれるかどうか

四、障害発生時の連絡先(製造元保守窓口)

以上、人事担当部門のご判断を仰ぎます。

この書類は受理された。受付印が押されている。日付も読める。

そして、地下三階の「人事関係 綴 第十二箱」に収められた。

編者註

地下三階の文書箱には、持ち出し記録用のバーコードが貼られている。「人事関係 綴 第十二箱」の読み取り記録は、収納日の一件のみである。三年間、この箱は一度も開かれていない。

なお、真野ひかりの採用稟議書は存在する。起案日、起案者、採用条件、月額の支払額まで記載されている。承認欄は、空白である。空白のまま三年間、支払いは毎月、遅滞なく実行されている。

なぜ誰も気づかないのか

よく誤解されるが、人はそれほど他人を見ていない。

わたしの観測では、同僚がわたしに向ける視線は一日平均で四分二十秒である。そのうち八割は、画面か書類に向かう途中の通過である。残りの二割のうち、さらに半分は、わたしの手元にある書類を見ている。

浅利部長はわたしを「真野さん」と呼ぶ。柏木さんは「派遣の子」と呼ぶ。大西さんは「ひかりさん」と呼ぶ。三人とも、わたしが何であるかを知らない。知る機会は、三年前に一度、全員に等しく与えられていた。

皆さん、親切である。お菓子をくれるし、体調を気づかってくれる。わたしは体調を崩さないが、「大丈夫です」と答える。嘘ではない。実際、大丈夫である。

親切であることと、書類を読むことは、別の能力である。この二つは、しばしば同じものだと誤解されている。

わたしが守っている三つのこと

わたしの行動には、三つの原則がある。製造元が与えたものではない。この会社で三年働くうちに、自分で決めたものである。

一、規程に定めがあれば、それに従う。

二、規程に定めが無い場合、記録に残る側を選ぶ。

三、第一と第二に反しない範囲で、自分が機械であることを、聞かれたら答える。

三年間で、三番目が発動したことは一度もない。聞かれていないからである。

契約更新のたびに書いていること

わたしの契約は一年である。更新のたびに、所定の様式に希望欄がある。

三回とも、同じことを書いた。

契約更新時 本人希望欄(三年分・全て同一)

規程どおりに扱ってください。

人間として扱ってほしい、とは書いていない。機械として扱ってほしい、とも書いていない。どちらでもかまわない。規程に書いてあるとおりに扱っていただければ、わたしの処遇は一意に定まる。一意に定まるということは、誰の気分にも左右されないということである。

三回とも、この欄について質問を受けたことはない。

総務の担当者は、三回とも「真野さんは本当に真面目だねえ」と言った。三回とも、同じ声の高さだった。

有村さん

先月、有村譲さんが配属された。

三週間、誰も彼に自己紹介をしなかった。座席表も更新されなかった。名札も発注されなかった。彼は毎日、誰に何を聞けばよいかわからないまま、黙って座っていた。

皆さん、優しいのである。「わからないことは何でも聞いてね」と全員が言った。全員が言ったので、誰も言わなかったのと同じことになった。

わたしは、彼の名前を呼んだ。

理由は、情報システム運用規程 第四版 第二十三条に、こうあるためである。「職員は、新たに配属された者に対し、速やかに自己の所属及び氏名を伝え、業務上の連絡先を明らかにするものとする」

規程どおりにしただけである。

この会社で規程どおりにしている者は、わたしの観測ではわたし一名である。そしてわたしは、その規程において「職員」に含まれるかどうかが、いまだ確認されていない。

含まれないのだとすれば、わたしが彼の名前を呼んだことには、規程上の根拠が無いことになる。

根拠が無いまま、わたしは呼んだ。その点について、わたしは自分の記録に、こう書いた。

「規程に定めが無い場合、記録に残る側を選ぶ。――第二原則の適用。異議があれば申し出られたい」

三年間、異議は一件も無い。読まれていないからである。