二月、本社監査

本社の内部監査室から、八木という人が来た。三日間の予定だった。

四十代の、よく通る声の人だった。最初の挨拶で「皆さんを責めに来たのではありません」と言い、全員が安心した顔をした。そのあと、八木は資料を一枚だけ机に置いた。十月の役員会に出された、〇・八グラムの資料だった。

「この『正答率九十二パーセント』の分母を教えてください」

部屋が静かになった。

「サンプル件数と、対象の様式数です。あと、測定日と、測定した方のお名前」

浅利部長が大西を見た。大西が穂積を見た。穂積が、少し困った顔をした。

穂積ちはやは社内のほとんどを知っている。だが、この数字の出どころは知らなかった。知らないものは、答えられない。この会社で、穂積が答えられなかったのは三年ぶりだった。

宛先について

二日目の午後、八木は月次報告書の束を開いた。

「これ、宛先が『N本部長』になっていますね」

「はい」浅利部長が言った。「本部長あてに、毎月十日に」

「返信は」

「……いえ、いただいたことは。ただ、順調でしたので」

八木は少し黙って、それから手元の端末を見た。

「N本部長は、二年四か月前に関連会社へ転籍されています」

浅利部長は、八木の顔を見た。

「社内アドレスは転籍時に無効化されず、自動転送ルールだけが残っていました。転送先は、当時の本部長付アシスタントの個人フォルダです。そのアシスタントも、一年半前に退職しています」

「では、報告は」

「二年四か月分、どなたにも開かれていません。アクセスログがゼロです」

「……役員会の資料は」

「経営企画が、各部の共有フォルダから機械的に拾って要約しています。原本は読んでいません。要約の要約です」

浅利部長は、何か言おうとして、口を開けた。口を開けたまま、しばらくそうしていた。

「返信が、来なくて」やっと出てきたのは、その一言だった。「順調だからだと、思っていました」

「届いていませんので」と八木は言った。言い方は、とても親切だった。「順調も、不調も、ありません」

編者註

当該の自動転送ルールは、転籍時の手続き一覧に「メールアカウントの停止」の項目が無かったために残存した。手続き一覧の最終改定は九年前である。

この二年四か月のあいだに、丸越マテリアル情報システム部が作成した月次報告書は二十八通。総重量は三百三十六グラムである。一通も読まれていない。

なお、同期間に「報告書の作成に要した時間」として部内の工数表に計上された合計は、二百十時間である。

台帳

三日目の午後、有村譲は会議室に呼ばれた。会議室に呼ばれたのは、四か月ぶりだった。

彼は印刷した台帳を持っていった。一八四二件。決定者と決定日で引けるようになっている。最後の棚の分も入っていた。鍵は、真野ひかりが持っていた。三年前の入社初日に総務から受け取ったもので、返却に関する定めが規程に無かったため、保管し続けていた。

八木は台帳を三十分かけて読んだ。それから言った。

「決裁欄が空白のものが六一一件、と書いてありますが。これはご自身で数えられたんですか」

「はい」

「どなたの指示で」

「……指示は、受けていません」

八木は少し黙って、それから浅利部長のほうを向いた。

「部長。この三日間で御社からいただいた資料のうち、記載と実物が一致していたのは、この台帳だけです」

浅利部長は、有村のほうを見た。有村は、床を見ていた。

床のタイルは、四十五センチ角だった。目地の幅は三ミリだった。有村はそれを、前から知っていた。

それぞれの三月

浅利部長の頭上の数字が、ゼロになった。

送別会は和やかだった。部長は、みんな自由にのびのびやってくれて、本当にいい部署だった、と言った。全員が拍手した。悪い人ではなかった、というのが、おおむね一致した評価だった。

ゼロになった日、浅利部長は会社から静かにいなくなった。退職というのは、この世界ではそういうことである。残ったのは二十八通の月次報告書で、合計で三百三十六グラムあった。文鎮を乗せておかないと、空調の風で飛ぶ。


柏木ひろしは、三月の引き継ぎ会議で、いつものように首をかしげた。

「そうじゃないんだよなあ」

霧が出た。

だがその週は、インフルエンザが流行していて、全員がマスクをしていた。

霧は誰にも吸われないまま、天井のあたりで薄くなって、消えた。

「……えっと」大西が言った。「どの部分が、どう違いますか」

柏木は、初めて、困った顔をした。

答えは、出てこなかった。会議はそのまま進み、その日、受け入れ基準の承認者が決まった。所要時間は四分だった。七回の会議と、七つに分裂した議題が、四分で終わった。

柏木は、終わったあともしばらく、同じ角度で首をかしげていた。三十五年ぶりの出来事であった。


郷田源三は、三月三十一日に定年を迎えた。再雇用の打診は断った。地元の商工会から声がかかっているという。

最終日、郷田はパソコンの前で三十分ねばってから、ついに穂積を呼んだ。

「おい、穂積さん。これ、あれや。あの、チャッピーの、しゃべったやつ。消し方がわからん」

穂積は画面を見て、履歴の削除手順を三十秒で教えた。

郷田は、耳の後ろをかいた。

「わしゃ、あれに、ようけ喋ってしもた」

「いいじゃないですか」穂積は言った。「誰かに話せてたなら、それで」

「誰かやないがな。機械やがな」

「聞いてたなら、誰かですよ」

郷田は、ふ、と笑った。それから机の引き出しを開け、赤いボールペンを一本取り出して、帰りがけに有村の机に置いていった。何も言わなかった。有村も、何も言わなかった。

郷田が最後に通した稟議は、見積書の様式変更だった。「本見積に含まれないもの」という欄が、新しく一つ増えた。


鵜飼の会社との契約は継続した。四月時点の対応は十二様式となり、残り二十五様式は調査期間として四か月が確保された。

この数字は、十一月に鵜飼が議事メモの余白に赤いボールペンで書いた三行と、完全に一致している。

紙は、残っていた。


穂積ちはやは、辞表を出さなかった。

代わりに、共有フォルダ「引き継ぎ資料」に、三年ぶりにファイルを一つ作った。

一行目には、こう書いた。

「この会社の規程は、地下三階にあります。目次は、文書管理台帳(正)を見てください」

二行目を書くのに、三日かかった。三行目は、その週のうちに書けた。


真野ひかりの契約は更新された。

一度、総務から「予算の都合で」という内示があった。監査報告書に彼女の名前が出たあと、その話は静かに取り下げられた。取り下げた人の名前は、どこにも残っていない。

四回目の希望欄にも、彼女は同じことを書いた。

規程どおりに扱ってください。

今年は、総務から質問が一つ来た。「真野さんの健康診断なんですけど、これ、どうしたらいいですかね」

三年と十一か月ぶりに、申告書が読まれた。

真野は「規程には定めがありません」と答え、それから「定めが無い場合は、記録に残る側を選んでください」と付け加えた。総務の担当者は、意味がわからないという顔をして、しかしきちんとメモを取った。


島田久子は、変わらず十九時に来る。

この春、清掃の仕事を続ける理由を同僚に聞かれて、こう答えた。

「掃除はね、散らかす人がいるかぎり、無くならない仕事だから」

それから少し考えて、付け加えた。

「それに、ここ、わりと面白いのよ」


有村譲の担当業務は、変わらなかった。

会議には呼ばれていない。席はプリンタの横のままである。昼は、たいてい一人で食べている。挨拶は、きちんと返ってくる。

変わったのは一つだけで、彼の台帳が「文書管理台帳(正)」として正式に登録されたことである。作成者の欄に、有村譲、と印字されている。

産業医の面談で彼が何を話したかは、記録に残っていない。

最後の問い

帰り際、八木は情報システム部のフロアで足を止めた。

隅のディスプレイに、社内AIの画面が出しっぱなしになっていた。

「これ、三年間、誰も評価していないんですね」

誰も答えなかった。

八木はキーボードに手を置き、少し考えてから、打ち込んだ。

チャット履歴(内部監査室 八木 / 十六時五十一分)

この会社について、わたしが確認すべきことを教えてください。

聞かれたので、答えます。

画面に、長い回答が表示されはじめた。

行が増えていくのを、八木はしばらく立ったまま見ていた。それから椅子を引いて、座った。

有村は、地下三階から台車を押して戻ってきたところで、それを遠くから見ていた。彼の手には、空の文書箱が三つ乗っていた。三箱くらいなら、いまは平気で運べる。

窓の外は、二月の、よく晴れた日だった。

空は高く、雲はほとんどなく、ビルの窓にそれが端から順に映っていた。あと何年かすれば、この日のことは誰も覚えていないだろう。それでも、記録のほうは残る。

そういうものだ。