十二月二日 2枚の比較表
年内にどちらを本命にするか決める。推進室には比較表が2枚できた。持田版は、大川に「アンシンテックの良さが分かるように」と言われて作ったもの。三好版は、黒田の秘書に頼まれて作ったもの。三好は、どちらの取締役にも顔を売っておきたかった。
持田も同じだった。大川は六月にいなくなり、次の常務はたぶん黒田だ。三好の表が出るのを止めなかったのは、どちらが勝っても自分が負けないためだった。
比較表の結論欄
持田版 ― アンシンテック ◎/青空システム ○(精度・実績・サポートで上回る)
三好版 ― 青空システム ◎/アンシンテック ○(価格・柔軟性・最新技術で上回る)
2枚とも、出典は同じランキング記事だった。
「重みづけっすよ。何を重く見るかで、結果は変わるんで」
そのとおりだった。比較表は比較の結果ではなく、何を並べ、何を重く見るかを先に決めた人の、比較の設計だった。
十二月四日 記事の正体
記事の掲載日は一年半前で、末尾に小さく「PR」とあった。広告主は青空システム。料金も、課金の単位が変わっていて今の公式の料金表と違う。「導入企業の声」には、件数も期間も失敗の話もなかった。
「料金や仕様は提供元の公式の情報で、法律は所管の役所の公表で確かめる。日付はいちばん最初に見る。料金も性能も、半年で変わるから」
青空システムの試行の見積もりは、専用モデルの50分の1だった。桁が2つ違えば、前提が違う。内訳には、社内の文書を整える作業が1行もなかった。整えるのは万年商事の社員、という前提だった。
内田が「記事は広告でした」と報告すると、持田は言った。
「そういうことは、表に書かなくていいから」
書けば、表を作った自分の名前の横に、広告を根拠にしたことが残る。
十二月八日〜十九日 100件で測る
表を読むより、測るほうが早い。水野は問い合わせ100件を、名前や電話番号を伏せ、実際の割合どおりに選んで、両社に同じものを答えさせた。正誤を見たのは派遣スタッフの相原だった。
「判定はやります。でも、わたしの名前は出さないでください。課長はアンシンテックがいいと思っているので」
相原は1件ずつ手順書と突き合わせ、正しい・一部違う・間違い・答えなかった、の4つに分けた。
「知らないことを知らないって言ってくれるほうが、わたしたちは助かります」
2週間で、表に載っていないことが次々に出た。
実測メモ(水野)
- 版の固定 ― どちらも上流のモデルが予告なく変わる
- 利用の上限 ― 青空システムは呼び出し回数の上限で、月末に3回止まった
- 学習への利用 ― 青空システムは既定で入力が提供元の改善に使われる
- 停止時の保証 ― どちらも業務が止まった損は対象外
- 総費用 ― 単価最安の青空システムは答え直しが多く、総額では最高。専用モデルは推論型で、簡単な問い合わせでも同じだけ高い
総務の須賀は、青空システムの資料の「オープンソースなので安心・無料」に赤線を引いた。
「公開されているのはモデルの重みで、商用の条件は別ですね。ここ、書いてないです。モデルの説明書には『顧客対応への利用は想定していない』とあります」
須賀はそれをメモにして、いつもの引き出しにしまった。止めるのは自分の役目ではない。指摘した記録が残れば、それでいい。
2枚の比較表と1枚の実測。経営会議に出すべきなのはどれだろう。そして、実測を出されて困るのは誰だろう?
十二月二十二日 外された1枚
実測では、どちらもそのままでは勝たなかった。専用モデルは正答数で上だが高く、簡単な問い合わせには過剰。青空システムは、答えられない問い合わせにも答えを作った。
「これを出すと、常務にも取締役にも角が立つよね」
「100件じゃ少なくないっすか。本番は月に3,000件あるんで」
「少ないなら増やせばいい。でも、表の出典の記事には、1件の実測もなかった。表は捨てなくていいんです。何が強調されているかを読み、載っていない項目を書き出し、うちのデータで埋めて、最後に契約書の原文で確かめる。表はその1段目です」
持田は実測の1枚を資料から外した。
「推進室の中の参考にしておくから。判断は、上にお任せしよう」
十二月二十六日 経営会議
「精度と実績で見れば、答えは明らかだろう」
「価格と柔軟性で見れば、答えは逆ですな」
物流部長と購買部長は、どちらの表にも自分の部の機能を入れさせてあった。どちらに決まっても、取り分は残る。記事が一年半前の広告だったことを、誰も口にしなかった。知っている人は呼ばれていなかった。
「年明けに、もう一度検討してくれ」
両方の試行が続き、両方の費用も続いた。会議のあと、お客様センターの増田が相原の席に来た。
「情シスの調べものを手伝ってるんだって? うちはアンシンテックで回ってるんだ。余計なことは言わないようにな。契約の更新、来月だろう」
相原は「はい」とだけ答えた。その夜、水野は100件と相原の判定基準を別のフォルダに移した。いつか同じ100件で測り直せるように。
「十二月二十六日 比較表が2枚。どちらの表でも、作らせた人の推す会社がいちばん上にいた。実測の1枚は、どちらにも載らなかった」