一月十四日 見学へ向かう車

見学は黒田の段取りだった。行き先は同業の「ひばりパッケージ」。社長は黒田のゴルフ仲間で、去年から青空システムの仕組みを使っている。

「ひばりは受発注の70%を自動化したそうだ。うちでできない理由はない」

黒田にとって、見学は勉強ではなかった。自分が常務になってから受発注を青空システムに任せるための、下地づくりだった。持田はサービスエリアで大川に電話をかけ、「常務のお考えに沿う形でご報告いたします」と言い、車に戻ると黒田に缶コーヒーを差し出した。三好は、まだ何も見ないうちから掲示板に載せる見学記の見出しを考えていた。

水野は手帳に質問を書いた。今も動いているか。稼働から何か月か。対象は全体の何割か。70%は、人の確認の時間を含んでいるか。

同じ日 ひばりパッケージ

見学資料 表紙

AIによる受発注業務の変革 ― 受発注業務の70%を自動化。導入から3か月で効果を確認。

生産管理課長の実演で、FAXの品番と数量が画面に並んだ。

「今も本番で動いていますか。70%は、どの範囲の何の70%でしょうか」

「本格稼働は来月からです。対象は書式の決まった取引先3社で、受発注全体の2割くらい。その範囲で入力の時間が7割減る見込み、という試算です。人が確かめる時間は、別に計っておりません」

「読み取れなかった注文書は、どこに回りますか」

「担当の机に戻ります。今はまだ件数が少ないので」

中身は汎用のサービスで、青空システムが作ったのは画面とつなぐ部分だった。それ自体は悪くない。だが、青空システムが自分で動かしている事例がこれだけなら、それが実力の根拠のすべてだ。

いちばん効いていたのは、AIの話ではなかった。課長は直しの多い欄を月ごとに数え、それを持って3社に書式の統一を頼み、応じてもらっていた。苦労話として付け足しただけだった。休憩のとき、課長は黒田に頭を下げた。

「社長から、万年商事さんにはよろしくと言われておりまして」

課長には、来月昇格の審査がある。他社が見学に来たことは審査の資料に書ける。数字は大きいほうがよかった。

同じ日 帰りの車

「予測のほうも、欠品が9割減ったそうですよ」

「ひばりさんは、受けられなかった注文も記録しているそうです。だから、売れたはずの量をAIが学べる。うちは記録していません」

物流部長は窓の外を向いた。記録させていないのは自分の指示だ。記録すれば、社内一低い欠品率が一番ではなくなる。

「同じ業種なんすから、だいたい同じことができるんじゃないすか」

「ひばりさんは拠点が2つで取引先800社、基幹は三年前に入れ替えたばかり。うちは拠点が12で4,200社、基幹は二十二年前。見るなら業種より、データの状態、拠点の数、承認の階層、規制、今のシステム。それに、ひばりさんは問い合わせの返信も自動で送ってる。外から来たメールを読む処理に、社内の資料を探す権限と送信の権限を一緒に持たせてる。メールに指示の文が紛れていたら、そのとおりに社内の資料を外へ送る。去年の八月、うちで価格表が外に送られたのと同じ形です」

「心配性だな。ひばりさんで何か起きたとは聞いていない」

起きていないのか、気づいていないのか。確かめる仕組みの話は、どこにも出てこなかった。

見学で聞いた「70%」を、自社の計画の数字として使う前に、何を確かめればよいだろう。そして、それを確かめたくないのは誰だろう?

一月二十日 報告書

持田と三好の報告書の1ページ目には、こうあった。「当社と業種・規模が近く、同方式の早期導入により同等の効果が見込める」。規模が近いとは、誰も確かめていない。水野は末尾に1枚を足した。

見学報告への追記(水野)

  • 稼働 ― 本番はまだ。「効果を確認」は試行の段階
  • 範囲と数値 ― 3社・全体の約2割。70%は確認時間を含まない試算
  • 成功の条件 ― 取引先に書式の統一を頼み、応じてもらったこと
  • 受け皿 ― 読み取れなかった注文書の扱いは未設計
  • 危険 ― 外の文面を読む処理に、社内検索と送信の権限を同時に持たせている

「細かすぎません? 取締役は70%が見たいんすよ」

「お客様にAIの返事を送るなら、なおさら。外に出した間違いは、会社の言ったことになる」

その日の午後、人事課長の牧が顔を出した。

「ひばりさんでは採用の書類選考にもAIを使っているそうね。判断ではなくて支援だから問題ないって。うちも春から使えないかしら」

「合否は判断そのものです。根拠の出ない点数に人が印だけ押すなら、責任だけを人に移すことになります」

「情シスって、何でも反対なのね」

牧には、選びたい応募者の形があった。そこに、AIという名前の後ろ盾がほしかった。

一月二十七日 経営会議

資料になったのは1ページ目だけだった。

「同業が受発注の70%を自動化しています。うちも新年度に、同じ方式で始めるべきでしょう」

「うちにはアンシンテックがある」

「新年度の体制が決まってからにしよう」

新年度の体制とは、六月の総会のあとのことだ。先送りは、黒田にいちばん都合がよかった。

水野は、社内外の事例を1行ずつ並べた索引を作った。対象の件数、期間、データの状態、今も動いているか、失敗や限界の記録。いちばん上はひばりの行で、「今も動いているか ― 未稼働」。内田が推進室で共有した版からは、「失敗や限界の記録」の列が消えていた。

「一月十四日 見学。『70%』は、3社の、2割の、試算だった。帰りの車で、その話をした人はいなかった」