三月四日 全社AI推進委員会

委員会は十月から月に一度。座長は大川で、議事録は総務課長の影山がまとめる。この日で6回目だった。

報告一覧(三月)

  • 物流部 ― 倉庫の日報をAIで要約。月8件。「順調」
  • 購買部 ― 仕入れ先への挨拶状をAIで作成。月3件。「順調」
  • 営業部 ― 提案書の下書きに活用。利用回数 前月比180%。「好調」
  • 全社研修 ― 動画「AIのはじめかた」受講率98%

どの部も、月に数件しか起きない仕事を選んでいた。失敗しても目立たず、うまくいけば「活用している」と言える。黒田の営業部だけは件数ではなく利用回数を出した。回数は使うほど増える。研修の動画は三好が作った20分で、万年商事の業務も、失敗の例も、使ってはいけない場面も出てこない。受講率は、再生ボタンを押した人の割合だった。

「挨拶状の作成時間が大幅に短くなりました」

「大幅に、というのは、何分から何分にでしょうか」

「それは、感覚としてです」

「数字はこれから取っていけばいい。この調子で頼む」

大川にとって委員会は、進めるための場ではなく、進んでいることを記録するための場だった。

同じ日 委員会のあと

「報告の書式に、欄を3つ足せませんか。月の件数、AIで扱った割合、導入前の数字」

「部長方が書けない欄を足すと、委員会が気まずくなるよね。常務の委員会だからね」

持田は、正しいかどうかで物事を決めたことがない。誰の会議か、で決めてきた。

「小さく始めるなら、何と比べるか、いつ判定するか、どこまで行ったら広げるか、どうなったら止めるか。今の12の施策は、どれも決まっていません」

「来年度の委員会で、検討してみるよ」

来年度の座長は、まだ決まっていない。持田は、決まっていないことを先に約束しなかった。議事録には、6回とも同じ一文が書かれた。「いずれも進捗良好であることを確認した」。困らない議事録は、常務の記録として残る。影山は手元にだけ、いつか誰かに渡すための別の記録をつけていた。どの会議で、誰が気まずい質問をしたか。水野の行は6行になっていた。

三月十日 お客様センター

毎日、件数の多い仕事に使われているAIは、お客様センターの回答案だけだった。月に約3,100件。定型のものは、去年の七月の終わりから自動で送られている。相原は、回答案が出ても半分は使わずに書き直していた。

「間違ってたら、送ったわたしのせいになるからです。八月の件のときも、課長は『送ったのは派遣です』って言いました。自動で送られてたのに」

現場が使わないのは、変化が嫌いだからではない。間違えたときの責任が決まっていないから、使わないことで身を守っていた。相原は、手順書どおりだと困る場面をすぐに5つ挙げた。旧品番での問い合わせ、返品と交換が混ざった相談、有効期限切れの見積もりの値段 ― 。

「どれも、たまに、です」

「1か月だけ数えてみよう。数えないと、ずっと『たまに』のままだから」

「記録? そんな時間があるなら1件でも多く返してくれ。うちは人が減ってるんだ」

人が減ったのは、増田が「3割削減」を報告したからだった。昼休み、相原は小さな声で言った。

「お昼の時間に、少しずつなら書きます。課長には言わないでください」

業務の時間と認められない記録は、書いた人の昼休みを削って続き、半年もすれば止まる。水野はそれを知っていて、それでも頼んだ。

委員会の報告は6回とも「進捗良好」だった。何を報告させれば、本当の進み具合が見えただろう。そして、それを報告されて困るのは誰だろう?

三月二十四日 送別会

平野の送別会は、古川の役職定年の慰労と同じ晩だった。

「平野さんは38年、大過なく勤め上げられた」

大過がなかったのは、大きなことを何も決めなかったからだ。

「後任はコンサル出身の優秀な方だそうで。僕の後始末をしてくれるなら、誰でも大歓迎です」

後任は社長の妻の甥だという話が、もう広まっていた。持田は会のあいだ社長の近くを離れず、まだ会ったこともない後任の新井を、もう褒めちぎっていた。平野は帰りぎわに水野の肩を叩いた。

「この会社はね、何もしなければ、何も起きないんだ」

酔った古川が、水野の隣に座り直した。

「1つ教えてやる。春先に薄い緩衝材を頼む客は、夏に厚いのに替える。替えるときもFAXには『前回と同じ』としか書かない。六月の『前回と同じ』は、前回と同じじゃない。書くなよ。四月からは手当の分しか話さない」

帰りの電車で、水野は控えに書いた。条件と、そのときの対応を1行で。書くなと言われたことを書くのは、初めてではなかった。

三月三十一日 年度末報告

全社AI推進委員会 年度末報告(抜粋)

全12施策、いずれも進捗良好。利用回数 前年度比320%。研修受講率98%。課題: AI人材の不足。来年度、外部から専門人材を登用する。

並んでいるのは、どれも活動の量だった。処理時間の変化も、半年後も動いているものの数もない。止めた施策は1つもない。止めれば、進捗良好ではなくなる。

足りないのも、人材ではなかった。いないのは、データを整える役と、動かしたあとの面倒を見る役だ。それは採用ではなく、今いる誰かに役割と時間を割り当てる話だった。

「98%っすよ。来年度は、ぼくが全社の研修を回すことになりそうっす」

その晩、水野は平野の空いた机を片づけた。卓上カレンダーの三月三十一日にも、×が付いていた。

「三月三十一日 推進委員会の議事録6回分。12の施策に、毎回『進捗良好』。止めた施策は1つもなかった」