跳躍路の手前、中継ドックで外殻の応急処置をすることになった。請け負ったのは、オウガという年配の技師だった。片目が義眼で、節くれだった大きな手をしている。
作業の合間、リンが3体のコアの話を持ち出すと、オウガは工具を置いて顔を上げた。
「底をひっくり返して見たことはあるか」
「え? 筐体の底ですか?」
「そうだ。レールの留め具を外して、作業台に持ってきな」
2人は3体を取り外して、作業台の上に裏返して並べた。金属の底面には、光に透かさないと見えないほどの微小な刻印が入っていた。オウガが拡大鏡をあてる。
「これがイチだな。商船組合連合・発注。ああ、やっぱりな」
「やっぱり、ってどういうことですか?」
「物資を運ぶ商人連中はな、航路で迷われると1秒ごとに金が消えるんだ。『3通りの選択肢があります』なんて悠長な報告は一番嫌われる。1本に絞って、即座に言い切れ、と。だからそういう性格に作らせたのさ」
続いて2つめの箱。
「ミツか。恒星間調査局。こっちは正反対だ。1つでも例外や見落としがあったら論文審査で落とされる。だから漏らさず全条件を並べるようにチューニングされている。長ったらしいだろう」
「はい。ミツの一覧は本当に長いです」
「連中の仕事の都合に合わせた長さなんだよ」
そして3つめには、公的な組織名がなかった。ただ1人の個人名が、小さく刻まれていた。
速いイチ、長いミツ、黙るゼロ。——3体のAIの性格がここまで極端に分かれている理由は、いったいどこにあるのだろう?
オウガは拡大鏡を外して、2人の見習い航宙士をじっと見据えた。
「いいか。道具に独自の個性や性格があるように見えるとき、そこには大抵、誰かの金と都合がそのまま固まっているんだ。速いのが偉いわけじゃない。速い出力を求める買い手に高く売れたから、そう作られただけだ」
「でも、わたしたちはお金を払って引き継いだわけじゃないです」
「ああ、お前たちは払ってない。だが開発費を払った誰かが過去に必ずいる。そのカネを出した奴の思惑が、今もコアの癖として残ってるんだよ」
ソラが、作業台のイチを見つめて声をかけた。
「イチ。オウガさんの言ったこと、本当なの?」
「イチのシステムには、自身の調整方針や出資経緯を記述した内部文書は含まれていません。イチについて調べるなら、イチの外側の開発記録を参照してください」
「……やっぱり、オウガさんの言う通りなんだね」
リンは、3つの刻印を手帳に克明に書き写した。組織名、発注年、そして3つめに刻まれた名前——V・NOI。
「オウガさん。このヴェラ・ノイという名前、知っていますか?」
「三声規約の実質的な原案を書いた人物だよ。世間には名前を残さなかったがな」
「どうして残らなかったんですか?」
「3体そろえろっていう決まりは、船主にとっちゃ余計な金がかかる。コストを増やす規則を作った人間は、いつの時代も嫌われるもんだ」
作業が終わり、外殻の鋼板が新しくなった。請求書には、材料費と工賃に加え、「過去6年分の点検記録の再発行と証明」という項目が添えられていた。空白だった時間が、確かな記録として埋め戻された。