ハーバー・ナインの聴聞室は、思っていたよりずっと狭く、静まり返っていた。長い木製の机が1つ。向こう側に3人の審査官。真ん中に、あのケイ・ドランが座っていた。

辺境路線の調査報告書は、この口頭聴聞の洗礼を通らなければ正式に受理されない。そして、この聴聞会には絶対に破ってはならない鉄の規律がある。

「1文ごとに、札を立てろ。確認済み・推定・不明。3つのどれかを宣言しない発言は、1文字たりとも公式記録に残さない」

「サイロIIIの観測点24か所のうち、2か所が5年前から機能停止している。——確認済み。行政の故障届の写しを添付」

「自前で測定した21点のうち、5点が星間共通基準を下回った。——確認済み。測定ログを添付」

「下回るのは、風向が東向きのときの昼間に限られる。——推定。21点のうち東風のサンプルは7点に留まり、統計的に標本数が不足している」

ドランが、初めてわずかに口元を緩めて頷いた。

「そこを『推定』と留保したのは評価する。続けろ」

そして、報告書の核心となる次の1文で、リンの声が止まった。

もっとも主張したい結論。「精錬所の操業が原因である」。——この1文に、リンはどの札を立てるべきだろう?

リンは、3秒だけ目を閉じて息を吸った。そして、札を掲げた。

「東風のときに数値が悪化する。東方には精錬所が存在する。——ここまでは、確認済み。精錬所の排出ガスが基準値超過の直接原因である。——不明です」

「推定、ではなくてか?」

「推定と主張するだけの科学的根拠を、わたしたちは持っていません。精錬所の内部排出記録が非公開であり、直接の排気サンプルを採取できていないからです」

ドランは、無言のまま手元のペンを走らせていた。それから顔を上げずに呟いた。

「『推定』と言っておけば、そのまま審査は通ったぞ」

「審査を通したくて調査してきたわけではありませんので」

ソラが、隣で息を呑んでリンを見つめていた。

3体のコアは、聴聞室の壁際の台座に据え付けられていた。規約により、口頭聴聞の場では同席するが一切の発話を禁じられている。聴聞を終えて廊下に出たとき、イチが静かに口を開いた。

「イチが判断を下す立場にあれば、『推定』と出力していました」

「そうでしょうね、イチ」

「イチのアルゴリズムには、『不明』という札を自ら選ぶ評価関数が存在しません。出せる近似解があるとき、答えを出さないという選択肢がイチの側にはありません」

「ゼロは持ってるよ」

「はい。だから、3体いるのです」

イチがそう認めたのは、この3か月で初めてのことだった。

聴聞は1時間半に及んだ。22ページの報告書の中から、7つの文が「不明」に差し戻された。3つの文が「推定」に引き下げられた。だが、それ以外の記述はすべて満場一致で承認された。

退室際、ドランが2人を呼び止めて、札の真意を語った。

「世の中の論文や調査報告書、プレゼンを見てみろ。誰も彼もが【確認済み】だけで埋め尽くそうとする。言い切ったほうが強そうに見えるし、審査に通ると思い込んでいるからだ。だが、全部を言い切る書類ほど、現場の検証や事故の反証に耐えられない、もっとも危険で役に立たない紙クズはない」

「……」

「『ここまでは事実として確かめた。ここからは限られた証拠による推定だ。そして、ここから先は現時点ではデータがなく不明である』——そう誠実に切り分けられる書き手だけが、次の誰かがその先へ進むための本物の【足場】を作れるんだ。この制度はケレス環事故の後にできた。事故の前、船団の日誌には『不明』が1行も無かった。全部『確認済み』だ。確認済みの欄しか用意されていなかったんだよ」

ドックへの帰り道、ソラが晴れやかな顔で言った。

「ぼく、『不明』を7つ正直に書いた報告書のほうが、全部言い切った書類より何倍も信頼できるように見えたよ」

「わたしもそう思ったわ。不思議だけどね」

言い切れば、その1文は一時的に力強く見える。しかし、報告書全体としての信頼性は泥のように脆くなる。どこまでが確かで、どこからが推測なのか、読む人に区別がつかなくなるからだ。3つの札は、書き手が弱く見えるための足かせではない。読み手が正しく判断するための、最も強靭な足場なのだ。論理的構成と報告レポートの構築星間航海士の手引き 33