完成した報告書は、22ページに達していた。正確な数字が並び、図もあり、出典も克明に記録した。だが、2人で読み返すと、どこか無機質で冷たい印象が残った。

「なんか、読んでる人に切実さが伝わらない気がするんだよ」

「客観的な事実と数字しか並んでいないからね」

ソラの胸の奥には、どうしても報告書に盛り込みたい話が1つあった。出航の3日前の夜、ナギが整備工場の奥でぽつりと打ち明けてくれた個人的な告白だった。

ナギの父親は、かつてあの東方精錬所で働いていた。12年前に原因不明の重度の呼吸器疾患を患い、今も寝たきりの状態が続いている。行政区は、精錬所との因果関係を一切認めていない。そして、近くの観測点2か所が「機器故障」として放置され始めたのは、その申し立ての直後からだった。

ナギは、そこまで話して寂しそうに笑った。

「これ、誰にも話したことないんだけどさ」

ソラは、そのときのナギの表情が忘れられなかった。そして、だからこそ書きたい衝動に駆られていた。

「この話を盛り込んだら、報告書の社会的な意味がガラリと変わるよ。2か所の観測所の空白が、単なる機械の故障じゃなくて、人為的な隠蔽だったかもしれないって、ものすごい迫力が出る」

「ええ。読者の心は強く揺さぶられるでしょうね」

「じゃあ、このエピソードを入れても——」

「ナギ本人に、公表していいか許可を取ったの?」

ナギが「誰にも言っていない」と打ち明けてくれた私的な告白。——報告書に書けばドラマチックに説得力が増すとしても、何を基準に判断すべきだろう?

2人は、跳躍通信でナギに打診した。星間通信は片道40分かかる。返信の信号を受信するまで、船室で1時間半を過ごした。

ナギからの返信テキストは、短かった。

「親父の名前や、うちの個人的な事情は絶対に載せないでくれ。精錬所の稼働時期と観測所の停止時期の重なりなら、公的な行政記録から客観的に追及できるはずだ。そっちの筋道で書いてくれ」

返信を待つあいだ、ソラはミツに尋ねていた。

「ミツ。この悲劇的なエピソードを入れたほうが、報告書としての説得力は増すと思う?」

「読み手の感情的共感度は飛躍的に上昇します。審査官へのアピール度も高まると推定されます」

「じゃあ、書いたほうが正義なんじゃ——」

「ミツは、それを掲載すべきかどうかの倫理的判断は出力できません。当事者の主権的同意は、ミツのデータセットの範疇外です」

「ゼロは?」

「同じです」

「2体そろって判断を避けたわね」

「逃げているのではありません。人間から預かっていない権利を、勝手に行使しないだけです」

ナギの言う通り、公的資料を洗うと事実は十分証明できた。精錬所の第2溶鉱炉の稼働年、観測点の故障届の受理日、市民による健康被害届の受理件数。すべて行政区の公開文書の中に実在していた。ナギの家族のプライバシーを暴かなくても、時期の異常な一致は完全に立証可能だったのだ。

「……最初から、公的な資料だけで書くべきだったんだ」

「でも、そこに目を向けるきっかけをくれたのは、ナギの告白だったわね」

他人の私的な告白は、調べるべき『場所』を照らしてくれる道標である。教えてもらった場所へ行き、公的に検証可能な証拠を自分の足で掘り起こす。そこまでが、他人の重い話を聞かせてもらった人間の責任なのだ。

ソラは、少し恥ずかしそうに白状した。

「ぼく……ナギの話を書きたかった本当の理由、報告書のためじゃなかったかもしれない。読んだ大人が『うわっ、すごい闇を暴いたな』って興奮する顔を見て、自分が手柄を誇りたかっただけなんだ」

その功名心は、他人の家庭の痛みにタダ乗りしようとしていた浅ましさだった。

報告書の該当セクションは、こう結ばれた。

観測点2か所の故障届は、精錬所第2炉の稼働開始の翌年に提出されている。両者の因果関係を示す直接的な資料は、公開記録の範囲内では確認できなかった。

どこまでも淡々とした、一見すると控えめな文章だった。だが、誰の尊厳も踏み躙っていない、2人の誠実な調査の結晶だった。