部品を待つ6日間のあいだ、2人はサイロIIIの港の通りを歩き回った。ある日の夕暮れ時、夕食の店を探していて、妙な食い違いに気づいた。
リンが端末で「安い食堂」と検索し、上から3件を声に出して読み上げた。ソラが自分の端末でまったく同じ言葉を入れて検索した。だが、ソラの画面に並んだ3件は、リンが読み上げた店と1軒も重なっていなかった。
「ぼくの画面には、そんな店1軒も出てこないよ」
「え? 並んで同じ電波で検索してるのに?」
2人は端末を取り替えてみた。リンの端末でソラが操作すると、リンの3件が出る。ソラの端末をリンが触ると、ソラの3件が出る。違っていたのは検索した人間ではなく、端末の個体データだった。
「……履歴の違いね」
この数日間、リンは工業部品や工具、技術仕様のページばかり閲覧していた。ソラは地元の食材や宿の掲示板、観光客の体験談ばかり読んでいた。検索アルゴリズムは、それぞれの過去の行動パターンを学習し、「この利用者が好みそうな店」を自動で選別して画面を作っていたのだ。
「好みに合わせてくれるのは便利だけど……」
「でも、ぼくの画面には、リンの見ている3軒の存在すら最初から表示されなかったんだよ」
並んで同じ言葉を検索しているのに、2人の画面には全く別の3軒が出ていた。——「おすすめ」が便利であることの、一番の盲点はどこだろう?
リンは端末の個人プロファイルを一時無効化し、行動履歴をクリアした状態で、もう一度「安い食堂」と検索した。今度は7件の候補が表示された。そのうちの4件は、これまでの2人の画面のどちらにも一度も顔を出していなかった店だった。
「あった。最初からずっと存在してたのよ」
「ぼくたちに見えていなかっただけなんだ」
ソラが、ふと思いついて天井のコアたちに尋ねた。
「ミツ。きみも、ぼくたちの好みに合わせて出力内容を変えてるの?」
「肯定します。ミツは直前のプロンプト履歴および過去の対話傾向のコンテキストに影響を受けます。ソラと対話しているときはソラの関心傾向に、リンと対話しているときはリンの語彙や関心に最適化した文章を生成します」
「じゃあ、リンが同じことを質問したら?」
「提示される論点の優先順位や表現形式が変動する可能性が高いです。言語モデルは、問い手のトーンや前提に同調するほうが『満足度が高い』と評価されるように調整されています」
「……AIまできれいに鏡になっちゃうんだね」
ゼロが、そこで静かに発話した。
「ゼロは合わせません。代わりに、基準未満なら沈黙します」
「それはそれで極端だけどね」
その夜、2人は港の掲示板の書き込みを分析してみた。閲覧数が爆発的に伸びているトピックには、明確な共通点があった。文章が短い。過激に断定している。悪者として名指しされた対象が1つだけある。そして、読むと強い怒りを掻き立てる。
もっとも拡散されていたのは、「第一整備廠は暴利を貪るぼったくり業者だ」という1行だった。投稿者の素性は不明で、日付は4日前。その下に200件以上の激しい賛同コメントが群がっていた。
「これ、ぼくたちが昼間に一瞬感じた不満とまったく同じだ」
「同じだからこそ、警戒しなきゃいけないのよ」
リンは、昼間にナギから聞いた「在庫を常に確保するためのコスト」の話を思い返した。ネット上で熱狂的に拡散される短い書き込みには、そうした背景の文脈は1行も含まれていなかった。複雑な事情を併記すると、拡散の勢いが鈍るからだ。
広まりやすい刺激的な形と、複雑で正確な真実の形は、いつだって一致しない。感情を煽る極論ほど遠くまで猛スピードで届き、例外や留保のついた丁寧な言葉は途中で立ち止まる。
2人は、その過激な書き込みに賛同ボタンを押すのをやめた。手帳にリンが記した。見えている画面が世界のすべてではない。見えていないものは「存在しない」のではなく、アルゴリズムによって見せないように選別されただけである。