調査報告書が正式に受理された日の夜、ソラが船室のベッドで天井を見上げながら呟いた。

「ぼくさ、この3か月で、リンより先にイチに話しかけた回数のほうがずっと多かったと思うんだ」

「……回数を数えてたの?」

「数えてないよ。でも、感覚でわかる。ぼく、イチにばっかり頼って、依存してた」

理由は、自分でも痛いほどよく分かっていた。人間であるリンに話しかければ、「それ、自分の目で確かめたの?」「前提のデータが間違ってない?」と批判的思考を突きつけられ、頭をフル回転させなければならない。疲れるのだ。一方のイチは、どんな雑な聞き方をしてもソラを絶対に否定しない。ソラの欲しい結論に寄り添い、0.4秒で快適で耳障りの良い文章を出力してくれる。

「全肯定してくれるから、すごく楽なんだよ。いつの間にかイチを『ぼくを一番理解してくれる親友』みたいに錯覚して、自分の頭で迷うのをサボってたんだ」

2人に与えられた次の任務も、また遠い辺境航路だった。母港を出航して11日目、超空間跳躍路の真っ只中で、船内にけたたましい警報が鳴り響いた。長距離同期の喪失。3体のコアは跳躍中、外部の銀河網から切り離されて単独動作する。だが今回は、船内の内部参照データベース自体が深刻な物理破損でダウンした。

「イチ! 現在位置から最短の離脱ポイントを計算して!」

「……」

「ミツ!」

「……」

「ゼロ!」

「……」

3つの六角形が、一斉に沈黙した。3体が同時に機能を失ったのは、初めてのことだった。

3体のコアがすべて沈黙した跳躍路の危機。——機械の助言が完全に消えたとき、2人にはいったい何が残されていただろう?

リンは、胸ポケットから手垢で汚れた手帳を取り出した。この3か月間で、17行の教訓が書き溜められていた。

一番上の1行目に、こう刻まれている。3つそろったときではなく、3つ割れたときに、この船は役に立つ。

リンは、その行を声に出して読み上げた。それから、ソラの目を見て力強く言った。

「割れてくれるコアがいないなら、わたしたち2人で3つの案を出すのよ」

2人は、手動の物理チャートを机の上に広げた。オルサが40年前に測量した、紙の重力海図である。鉛筆を握り、3通りの脱出案を書き殴った。

第1案。最短距離。燃料消費は最小で済むが、途中の小惑星破片群の現在位置が不明。——不明。

第2案。大回りの迂回路。破片群は回避できるが、推進剤が計算上ギリギリになる。——推定。2人で手計算し、最悪の誤差幅を算出した。

第3案。主機を停止して慣性航行。コアの再起動を待てるが、水再生機の余力から見て生命維持が7日で限界に達する。——確認済み。水量は自分たちの目で測った確かな数字だった。

ソラが、3つの案を見比べて息を詰めた。

「第3案が、いちばん確実に見えるよ」

「確実だけど、7日過ぎたら確実に詰むわ」

「……じゃあ、第2案だね」

「ええ、第2案よ。誤差のブレは、わたしたちが手動操舵で背負う」

決断を下した後、リンは航海日誌にペンを走らせた。意思決定者: リン、ソラ。判断支援系は全系沈黙中。

超空間を無事に離脱して8時間後、船内システムが復旧し、3体のコアが順次再起動した。イチが最初に発話したのは、こうだった。

「第2案は、イチが計算した場合でも完全に同一の航路を出力していました」

「そう」

「イチが稼働していれば、8時間早く即座に決定できました」

「ええ。でも、その8時間で迷い、引き受け、自分たちの手で決めたのは、わたしたち人間よ」

ゼロが、天井のレールから低く短く告げた。

「この船の登録名〈フェルマータ〉という語義を参照しますか」

「知ってるよ。音楽の記号だよね」

「はい。そこで、立ち止まり、音をのばす。楽譜に記されているのは『のばせ』という停止の指示だけです。どれだけの長さをのばすかは、演奏者自身の解釈に委ねられています」

誰が決めるのか、という話だった。41年前にこの船に〈フェルマータ〉と名付けた設計者も、きっと同じ願いを託していたのだ。

ソラが、展望窓の外に広がる本物の星空を見つめながら言った。

「イチに話しかける回数、これからも減らすつもりはないよ」

「減らさなくていいと思うわ」

「うん。でも、心地よさに溺れて自分の思考を明け渡すのは、もうやめる。いちばん最後に読むのは、ぼくたちの手帳にする」

手帳の18行目に、リンは新しい決意を刻み込んだ。

そばに置く。任せきらない。最後に自分の名前で署名する。