帰りの跳躍路で、2人は調査報告書の取りまとめに取りかかった。
報告書の中心となるべき最も重要な図は、すでに決まっていた。サイロIII周辺の重力偏差図である。自分たちが足で測った21点の大気データを、地理的・空間的な座標と結びつけるには、この等高線図がどうしても必要だった。
だが、この基本図は2人が測量して描いたものではなかった。調査船の古い航法アーカイブに保存されていたデータだった。
「これ、勝手に報告書に載せちゃっていいのかな」
「イチ。この重力偏差図の出どころと利用条件は?」
「公開アーカイブに収録されたフリーデータです。利用可能です、とイチは判定します」
「公開って、誰がいつ作成したデータなの?」
「……一次測量元の権利者情報は保持していません」
元データのヘッダーを詳細に解析し、図の最下部の注記を拡大した。掠れた電子署名で、こう刻まれていた。
測量責任者: T・オルサ(恒星間調査局・40年前)
40年前に他人が測量した海図。——自分たちの報告書に載せるとき、その出どころをどう扱うべきだろう?
調査局のアーカイブ規約を照会すると、40年前の公共測量データは、適切な出典を明記すれば無償で引用・再配布できる規定になっていた。守るべき条件は2点。一次測量者の氏名をクレジットに残すこと、そして二次加工を施した場合はその変更点を明記すること。
2人は図に手を入れていた。オルサの重力図の上に、自分たちが実測した21点の大気サンプリング地点をプロットし、汚染濃度のグラデーションを重ねていた。だから、キャプションにこう記載した。
図3 サイロIII周辺重力偏差図。原図: T・オルサ(恒星間調査局、40年前測量)。本図は原図を基に、本調査隊が実測した大気観測点21点の測定値を重畳・着色したもの。
ソラが、原稿を眺めながら少し不安そうに呟いた。
「他人の作った図ですって正直に書くと、ぼくたちの調査が弱く見えない?」
「逆よ、ソラ。40年前の確かな測量基盤の上に、わたしたちの21点が立っているって証明になるのよ」
「……そっか。借りた土台がしっかりしてるからこそ、ぼくたちの数字も生きるんだね」
出典を明記するのは、著作権者への礼儀のためだけではない。この報告書を読んだ未来の誰かが、必要に応じてその元図まで自分で辿り着けるようにするためだ。検証可能な足跡を残した報告書だけが、科学的な価値を持つ。
ここで、ソラが草稿の途中で手を止めた。
本文の中に、こう書きかけていた1文があった。「一般に、辺境植民星における大気汚染の自然浄化には数十年を要するとされる」。それらしい重みのある文で、イチが文章作成支援で提案してきたフレーズだった。だが、出典を検索させてもどこにも出てこない。
「これ、誰の研究論文に書いてあった話?」
「『〜とされる』って書くと、誰か偉い専門家が証明したみたいに見えるけど……誰も言ってないや」
ソラはその1文をデリートキーで消した。代わりに、自分たちが測ったデータから論理的に言えることだけを書いた。出典のふりをしたもっともらしい文章は、出典のまったくない文章よりもタチが悪い。読者を偽りの安心で煙に巻いてしまうからだ。