4日目。出航前夜に、ソラが船内アーカイブの整理をしていて、それを見つけた。

圧縮されたまま40年放置されていた区画に、公文書の写しが一式入っていた。表紙にはこうある。

ケレス環事故 調査報告 第3分冊(証言編)

「リン。三声規約の事故報告書、見つけたよ」

2人は船倉の床に座りこんで、それを頭から読んだ。

26年前、ケレス環と呼ばれる小惑星帯の航路で、貨物船団14隻のうち9隻が破片群に突入した。巻き込まれた乗員は214名。難を逃れたのは、後続にいた3隻の乗員だけだった。

船団は、単一の航路支援システムの出した指示に従っていた。そのシステムは故障していなかった。破損もしていなかった。事故後に回収された記録は、すべて正常に動作していたことを示していた。

報告書の第3分冊は、そのシステムの運用記録11年分を解析した部分だった。調査委員会が書いた1行が、2人の目を止めた。

「当該システムは、11年間の全応答において、『不明』『推定』『確認できず』のいずれの語も一度も出力していない。」

「一度も? 11年間も運用されていて?」

「一度もよ」

11年間「不明」と一度も言わなかったAI。——一見すると完璧に見えるその記録が、なぜ214人が巻き込まれる決定的な大事故の引き金になったのだろう?

第3分冊には、生存者の証言が72件おさめられていた。ほとんどは短い。そのうちの1つに、2人はしばらく戻れなくなった。

後続船の航法士の証言だった。事故の4時間前、破片群の密度が上がっているという観測値を自分で見ていた。それでも船団長へ報告しなかった。理由をこう述べている。

「システムが何も警告していなかったので、自分の読み方が間違っていると思った」

ソラが、息を呑んでもう一度その行をなぞった。

「……この人、自分の目で確かに異常を見てたんだ」

「見ていたのに、AIが何も言ってないからって、自分の直感を引っ込めちゃったのね」

報告書はここで、記録と証言を厳密に分けて扱っている。運用記録は機械が残したもので、書いた者の意図が入らない。証言は人間が話したもので、記憶違いも、自分をかばう心理も入る。委員会はどちらも載せたうえで、どちらがどちらであるかを、ページの頭に明記していた。

見た人の話と、聞いた人の話。混ぜずに別々の箱に置いておく作法である。一次情報と二次情報星間航海士の手引き 3

そして最後の勧告が、現在の三声規約の原点だった。

判断支援を目的とする系は、応答傾向の異なる3系統以上で構成し、単一系統での運用を認めない。

ソラが、天井の六角形を見上げた。3つとも、さっきから静まり返っている。

「ねえ。きみたち、これ読んだことある?」

「ミツたちの学習用データセットには、この第3分冊は含まれていません。第1分冊と第2分冊の公的記録は含まれています」

「なんで第3分冊だけ入ってないの?」

「個人の証言記録が含まれるため、権利保護の観点から公開範囲が制限されているためと思われます」

「……じゃあ、いま初めて知ったんだ」

「いま、ソラが読み上げた範囲においてのみ把握いたしました」

イチが、めずらしく間を置いてから発話した。

「イチは、この件について論評を出力できません。事故の当事系はイチの先代モデルです。ただ、設計思想が極めて似通っています」

「似てるって、どこが?」

「出せる候補の中から、1つに絞り切って断定的に出力する構造がです」

ゼロは、最後まで何も言わなかった。

「3体ひと組っていうのは、こういう悲劇を二度と起こさないための安全弁だったんだね」

「最初は『めんどくさい決まりだね』って言ってたじゃない、ソラ」

「言ったよ。ぼくが悪かったよ」

リンは、表紙の上のほうをもう一度見た。だれが書いたのか。いつ書かれたのか。何のために書かれたのか。恒星間航行安全委員会・事故から3年後・再発防止の勧告のため。3つとも、表紙に明記してあった。書いてあるからといって100パーセント正しいとは限らないが、出どころの書いていない文書よりは、はるかに検証の足がかりがある。