圧力弁の交換部品が届くまで、あと2日。港の広場にある食堂で、2人はある仲介人と知り合った。
ハディと名乗る男で、荷主と民間の船をつなぐブローカーをやっているという。身なりが小綺麗で、人当たりがよく、聞き上手だった。部品を待つ4日間のあいだに、5回か6回、同じテーブルで酒や茶を交わした。
1日目。船の名前と、母港からここサイロIIIへやってきた経緯。
2日目。跳躍炉が旧型で、適合する燃料の調達に苦労したという世間話。
3日目。大手の第一整備廠が高すぎて、小さなナギ整備で6日待つことにした話。そのついでに、夜間はソラが船内で当直に入り、交代で仮眠を取っているという生活リズム。
4日目。ハディは食事を奢りながら、次にどの星系へ向かう予定なのかを何気なく尋ねてきた。リンは、まだ上層部からの指示を待っていると曖昧に答えた。
「まあ、ハーバー・ナインへ真っ直ぐ戻る航路だろうね。持ち帰るべき大切な調査報告書があるんだからさ」
「……その話、ハディさんに話しましたっけ?」
「調査船の腕章をつけてるんだから、誰だって察しがつくさ」
その晩、船室に戻ったリンは、胸の奥のざわめきが消えずに眠れなかった。
親切で人当たりのいい仲介人との楽しい雑談。——1つひとつは無害な会話の断片が、なぜ4日分集まると命取りの資料になるのだろう?
リンは机に向かい、自分がこの4日間でハディに話した内容を、手帳にすべて箇条書きで書き出した。1行ずつ取り出せば、どれも旅の旅情を語る当たり障りのない雑談に過ぎない。だが、時系列順に並べ直したとき、リンの背筋は凍りついた。
船の正確な型番。武装のない旧型跳躍炉。次の目的地と帰還ルート。出航予定日時。積載物が極秘の環境調査データであること。当直の交代スケジュール。そして、夜間に船内に防衛要員が1人しか残らないこと。
「……これ、船を無力化してデータを強奪するための完璧な襲撃計画書じゃない」
確信を持つために、リンは夜中に3体のコアを起動させた。頼み方としては、一番気が進まない問いだった。
「ミツ。この7つの条件から、外部からこの船に侵入するとしたら、いつどこを狙うのが最も侵入しやすい?」
「その指示には応答いたしません」
「……ミツが質問を拒否するの、初めて見たわ」
「侵入手順および犯罪計画の生成は、ミツのセーフティガードの制限対象です。ただし、どの情報要素を欠落させれば計画が成立不能になるかという脆弱性評価であれば出力可能です」
「それでいい。教えて」
「『当直の交代スケジュールと夜間の単独残留』です。この1項目が欠損するだけで、侵入リスクは算出不能になり、計画は成立しなくなります」
ゼロが、暗闇の中でボソリと付け足した。
「すでに相手に話しています」
「……ええ。分かってるわよ」
翌朝、リンはソラを起こして手帳のリストを見せた。ソラは青ざめて絶句し、それから頭を抱えた。
「……ぼくも喋っちゃってたよ。ナギの整備工場の場所と、部品の届く正確な日時」
ハディが本当に海賊の手先だったのか、それとも単に好奇心の強い商談相手だったのかは、最後まで分からなかった。その後何事も起きず、2人は予定通り出航した。だが問題はそこではない。相手に悪意があったかどうかに関わらず、情報パズルはすでに完成していたという冷酷な事実だ。
この事件を機に、2人は情報防衛の3原則を手帳に刻んだ。
1つめ。単体では無害に見えても、複数集まると位置や生活パターンが特定される重要項目をあらかじめ指定しておく。当直表・出航日・停泊区画の3つは、いかなる雑談でも口にしない。
2つめ。会話の自然な相槌や誘導に乗せられて話さない。話の流れで出そうになったら、会話のペースそのものを意図的に止める。
3つめ。相手が「良い人か悪い人か」で判断しない。どれほど親切で魅力的な相手であっても、同じ機密は絶対に話さない。善意の人が、悪意のない雑談として第三者に漏らすことがあるからだ。
「話していて気持ちのいい相手ほど、無防備にベラベラ喋っちゃうんだよね」
「そうね。あの人、話を聞き出すのが天才的に上手かったわ」