跳躍の正式申請は、港湾局の窓口で紙の書類に書いて提出する。電子申請も存在するが、危険な辺境航路へ向かう船には対面の審査が義務づけられている。窓口に座っていたのは、ケイ・ドランという厳しい目つきの港湾監督官だった。
リンが記入した申請書を差し出す。ドランは書類に一瞥をくれ、わずか3秒で押し返した。
「理由の欄」
「ちゃんと書きました。ここに」
申請書の枠内には、こう書かれていた。
跳躍炉は安全に作動する見込み。判断支援コア3系統のうち2系統が適合と判定。
「これは申請理由とは呼べない」
「2対1で適合です。多数決で安全が支持されています」
「多数決かどうかを聞いてるんじゃない。あんたが自分の目で何を確かめたのかを聞いてるんだ」
リンは言葉に詰まった。外殻は確かに張り替えた。燃料も規格を厳選した。水質も自分で検査した。だが、肝心の跳躍炉の内部については、イチとミツの出力結果を眺めただけだった。
「……跳躍炉のコアは、直接は見ていません」
「そうだろうな」
ドランは、書類を裏返しにして、白い裏面を2人の目の前に差し出した。
「全部書き直しだ。AIが何と言ったかは書かなくていい。お前たち自身が何を見て、何を測ったかだけを書け」
「2対1で可です」。そう主張するリンに対し、監督官ドランが「AIがそう言った」を理由として一切認めないのは、なぜだろう?
2人は調査船の炉室に戻り、工具を持って4時間かけて点検した。ミツに保守マニュアルの手順を展開させ、1項目ずつ、自分たちの指とライトで照らし合わせた。全17項目のうち15項目は完全に正常だった。だが、残る2項目で判断が割れた。
そのうちの1つ、高圧冷却パイプの継ぎ手に、髪の毛ほどの細い亀裂のような線が入っていた。イチに高解像度カメラの映像を送ると、0.5秒で判定が届いた。
「塗装の表面剥離です。配管の構造強度に問題はありません、とイチは判定します」
「ミツの判断は?」
「塗装の割れ、金属疲労の初期亀裂、または光学的な反射ノイズ。ミツは画像情報のみからこれらを分離・特定することはできません」
「ゼロは?」
「……」
3つめの沈黙の意味を、2人はもう正しく知っていた。リンはスクレーパーを取り出し、継ぎ手の表面の塗膜を慎重に削り落とした。露出した合金の表面には、傷ひとつなかった。イチの言う通り、ただの塗装のひび割れだった。
「イチの推測が合ってたね」
「今回はね。でも、削って確かめるまでは誰も断定できなかったよ」
書き直した申請書の理由欄は、こうなった。
炉内17項目を目視点検。15項目正常を確認。冷却継ぎ手の亀裂様ラインは塗装剥離であることを塗膜切除にて目視確認。残る1項目(緊急圧力弁の作動履歴)は記録欠損のため未確認。出航直前に低出力での手動解放試験を実施する。
ドランは、今度はじっくり10秒以上かけて読んだ。それから、無言で承認印を振り下ろした。
「最後の1文があるから通すんだ」
「未確認と書いたところですか?」
「そうだ。確かめていないことを正直に『未確認』と書ける奴は、ちゃんと自分の頭で物事を見ている。全部完璧に確認済みだと並び立てる書類のほうが、よほど恐ろしくて出航させられない」
港湾局の通路を歩きながら、ソラが言った。
「AIに相談すること自体が悪いわけじゃないんだね」
「そうね。AIが言っただけのことを、自分が確かめた事実であるかのように看板を架け替えるのが危ないのよ」