ノート 31
事故記録アーカイブ
約2分
形式的引用と実質的剽窃
ここに出てくる話は、ぜんぶ作ったお話です。だれかをうたがうためではなく、たしかめるためのページです。
引用符を付け出所を記載していても、文章の大半が他者の記述で占められ自己の主体的分析が存在しない「形式的引用」。実質的な著作権侵害および剽窃となる境界を明示します。
形式的にカギ括弧を付け出所を記載していても、文章全体の8割が他者の引用で埋め尽くされている場合、それは学術的・実務的に正当な引用とは認められません。主従関係が完全に逆転した「つぎはぎレポート」です。
主従関係が逆転してしまう本質的な要因は、引用技術の巧拙ではなく、「自分自身が何を主張・立証したいのか」という中心命題が定まっていないことにあります。言いたいことが定まっていなければ、集めた文献の切り貼りに頼るしかなくなります。
コピペは、どこからどこまでが人のことばか分かりません。引用は、かぎかっこで分かれていて、出どころが書いてあり、そして自分のことばのほうが多くなっています。かぎかっこを付けても、ほとんどが人の文章なら、それは引用ではありません。
修正手順は明快です。まず自らの結論を1つの明瞭な文義脈言節脈に言語化します。その上で各引用箇所を見直し、「この引用は、自説の論証に真に不可欠な証拠として機能しているか」を問い直します。単なる字数稼ぎや装飾となっている引用は直ちに削ぎ落とします。
詳細解説
引用の形式だけを満たし、主従関係が逆転している状態を扱います。しらべノート31の裏面にあたります。
くわしく読む
背景と目的
括弧と出典を付ければ引用になる、という形式主義的な誤解の解消が目標です。判定は「かぎかっこの外に、自分のことばがあるか」の1点です。
引用が、禁止のすり抜けではなく自分の考えを支えるための手続きだと分かることが目標です。支えるものが無ければ、引用する意味もありません。
組み立ての工夫
判定を量の比較という視認可能な形にしました。主従関係という概念を説明するより、「外側に自分の文があるか」を見るほうが運用できます。
判定を、量の割合ではなく有無にしました。割合を数えようとすると、書き終えるまで判定できません。外側に自分の文が1つでもあるか、なら書きながら分かります。
補足と注意点
この形は意図的な不正より、書くことが思いつかないときに起こります。そのため、不足しているのは誠実さではなく自分の記述だ、という書き方にしています。