ノート 30
事故記録アーカイブ
約2分
「発覚しなければよい」という侵害心理
ここに出てくる話は、ぜんぶ作ったお話です。だれかをうたがうためではなく、たしかめるためのページです。
外部監査の目が届かない状況で「バレなければ違反しても構わない」と踏み越えてしまうコンプライアンス軽視の心理的破綻。発覚リスクではなく規範倫理で行動する規律です。
調査やレポート作成の過程で、「見つからなければよい」という判断基準が頭をよぎった瞬間こそが、重大な倫理的・実務的事故の予兆です。「これは正当な行為だ」と確信しているときには、そもそもこのような思考は生じません。
発覚の確率で行為の是非を判断しようとすると、チェックの厳しさや相手によって基準が毎回揺らいでしまいます。不正を未然に防ぐ決定的な自問プロトコルが存在します。
「自らの行った作業プロセスを、公の場でそのまま説明できるか」ということです。「他者のWebサイトの記述をそのまま無断転載しました」と堂々と報告できるでしょうか。口ごもってしまうのであれば、それは実行してはならない行為です。
多くの場合、適切な形式へ変換すれば胸を張って報告できるようになります。そのまま写すのではなく「公正な引用」にする。他者のイラストを使うのではなく「許諾素材を用いるか自作する」。適切な形式変換こそが自らの成果物を守ります。
詳細解説
「見つからなければよい」という判断の形を扱います。他者への不信ではなく、自分の側の行為を扱う部の入口です。
くわしく読む
背景と目的
発覚可能性を基準に置くと、基準が外部の監視能力に依存してしまうことの理解が目標です。監視が緩い場面では歯止めが消えます。
判断の基準を、外から見られているかどうかではなく、自分で言えるかどうかに移すのが目標です。前者は場面ごとに変わり、後者は変わりません。
組み立ての工夫
「『これはよいことだ』と思っているときには、そもそもこの考えは出てきません」という1文から始めました。この判断が立ち上がる時点で、すでに自覚があるという指摘です。
形を変えれば言えるようになる、という出口を3つそえました。そのまま写す→引用にする。絵を使う→自分でかき直す。AIに書いてもらう→使ったと1行書く。止めるだけだと、やり方が残りません。
補足と注意点
道徳的な断罪をしていません。基準の置き場所の問題として扱っています。